第3回『車イスから見上げたススキノ』

北方ジャーナル

2009年07月09日 12:06



エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
※この記事は北方ジャーナル2007年7月号に掲載されたものです。
前回記事はコチラ。夏井氏のインタビュー記事はコチラ


◆車イスの恩恵◆

 今さらいうまでもないが、私は根っからの「オンナ好き」である。

 好みのタイプがあるわけでもないし、どの年代の女性にも魅力は感じるが、それでもやはり下半身を刺激するような色気のある女性が特に好きで、いつもその刺激を求めている。

 食生活の変化や健康器具が充実したおかげだろうか、最近の女性はスタイルが良くなり、ススキノなどとは関係のない、いわゆる素人でも十分「刺激的」な女性が増えた。おかげで普段街中を歩いているだけでも刺激を楽しめるようになった。とくに日一日と暖かくなり、女性の露出度があがってくるこの季節にはささやかな恩恵を受けることができる。

 小学生くらいの子供の頃を思い出してもらえれば想像がつくだろうが、私が車イスに座ったときの目の高さはちょうど女性の腰のあたりである。当然歩いている女性を見ると自然と視界の中心に入ってくるのはヒップラインや脚線なのだから、いやでもそこに目がいってしまう。べつにそこを見ようとしているわけではない、車イスで普通に歩いているだけなのだ。だから私には何の罪もない。もちろん女性の尻ばかりを見ているわけではないが、健常の男性が女性の尻をじっと見ながら歩いていたら変質者扱いされ、ときには警察に突き出されることさえありそうなところを、車イスのおかげで堂々と女性を眺めていられるのは有り難いことである。

 だからといって怒らないでほしい。車イスでの生活というのは日々多くの不自由と困難を抱えているのだ。僅かばかりの「恩恵」があってもいいではないか。


◆偶然がもたらした幸運◆

 日頃からそんなことばかり考えているせいか、ススキノで私が好んでいく店はニュークラやキャバクラなどホステスがいる店が多い。もちろん居酒屋や飲食店、カラオケボックス等にも行くが、根っからのオンナ好きである以上、行き着くところが男性客の「性域」といえるこうした店なのは当然のことだろう。実際私が『歓楽街ススキノ』にハマり、これらの店や風俗店を日常的に利用するようになったのも、ススキノに越して間もない頃友人に連れられてニュークラに行ったのがきっかけである。

 幸いなことに、私が最初にハマったこの店は事あるごとに付きまとってくる「障壁」がなく、出入り口や店内、トイレなども車イスでの移動が可能で、ホステスやスタッフなども私を「客」として気持ちよく遊ばせてくれる、私にとっては数少ない「優良店」の一つだった。もしここで僅かでも不快な思いをしていたら、とうの昔に繁華街ススキノから足が遠のいていたことだろう。以前ほどは頻繁に行かなくなった今日でも、今回このコラムに使用した写真の撮影など事あるごとに世話になり、いつも心地よく遊ばせてもらっている。

 ある時、いつものようにその店に行くと、その日に限ってホステスの数が少なかったらしく、系列店から急遽集められた「ヘルプ」が私に付いた。入店間もないというそのホステスを気に入った私は、その子がヘルプを終えてもとの店に戻った後、追いかけるようにその店に行った。

 店の入り口には例によっていつもの「障壁」といえる階段が数段あり、これが普段どおりなら即入店お断りとなるのだが、その時すでにその系列の中では少なからず「知れた客」となっていた私を店側もそう邪険には扱えない。こちらもそれを分かっているし、すぐ目の前には先程のホステスがいるわけだから、そう簡単に引き下がるわけにはいかない。思案の末、店の中で使っている一人掛けのソファを持ち出し、私の車イスを入り口脇に停めてそのソファに座り換えさせ、店のスタッフ数人でそれを担ぎ上げて店に入れるという方法でその場を乗り切った。

 ソファに座った私を数人の男が担いでいる様は、さながら大名行列のようで笑えるが、とにかくこの方法で多くの店の入り口にあるバリアを乗り越えられるようになった。さらに私にとって好都合だったのは、その大名行列をホステスやスタッフ、客などが見ていて、それを記憶の片隅に留めていてくれたことだ。ススキノのように人の移動が激しい街では、一つの店で起こったことが広まりやすいのかもしれない。系列店からのヘルプという偶然ともいえる出逢いをきっかけに、私のススキノライフは快適なものへと大きく近づいた。もちろんまだまだ入店拒否に遭うこともあるが、私と関わった多くの人たちが「こんな障害者もいる」ということを記憶に留めてくれたら、ゆっくりと波紋が広がりながら少しずつススキノに溶け込んでいけるかもしれない。



◆…ばれてます?◆

「これって結局、なついさんがススキノで遊び回ってるっていう話ですよね?」

 これまで本誌に掲載された分と、今回のこのコラムを読み終えた知人の女性が最初に言ったひと言。

 それでいい。障害がどうのこうのではない、根っからのオンナ好きな中年男がススキノで遊び続ける…。それが夜の街のあるべき姿だと私は思う。

(つづく)


<Profile>
夏井 功(なつい・いさお)

1968年、東京都千代田区生まれ。脳性麻痺で身体障害1種1級。高等養護学校を卒業後、施設生活、親元での生活を経て、20歳代半ばから一人暮らし。30歳代前半の3年間を札幌・ススキノ地区で過ごし、同地区内のバリアフリー化に尽力。結婚を機に豊平区に移転するも、のち再び独身となり、現在もたびたび電動車イスでススキノに出没している。1女の父




※この記事は北方ジャーナル2007年7月号に掲載されたものです。
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