2021年11月18日
北方ジャーナル12月号の誌面から 連載「公共交通をどうする? 第113回 札幌市営地下鉄50年に想う」
市営地下鉄南北線の高架下で仮保存中の1000系車両(2021年10月30日撮影)
本誌の長期連載エッセイのひとつ、交通アナリスト中添眞氏による「公共交通をどうする?」。今回、公式ブログで公開するのは開業50周年を迎えた札幌市営地下鉄のトリビア(本誌12月号掲載)だ。地下鉄に地下街、そして冬季オリンピック。高度成長に沸いていた当時の札幌を思い出してもらえれば幸いだ。(く)
通学も残すところ3カ月余りとなった高校生活の最終学年、50年前の1971年12月16日、乗り慣れた路線の路面電車が姿を消した。替わって登場したのが市営地下鉄。南北線北24条駅から大通駅へ──。今でも営業初日の朝のラッシュの光景をしっかり覚えている。特に北24条駅は、新琴似駅前まで残った路面電車との結節点だけに、市電が到着する度に着ぶくれした乗り換え客がどっとホームになだれ込んだ。東京、大阪、名古屋に次ぐ日本で4番目の地下鉄開業。札幌が一気に大都市になった気がして誇らしく思ったものだ。札幌の人口は前年の1970年、100万人を超えたが規模では全国8番目。翌年に控えた札幌冬季オリンピックに背中を押されての「地下鉄都市」入りだった。
懐かしいゴム臭
札幌地下鉄の特徴は、なんと言ってもゴムタイヤだが、開業初日からそれを印象付けたのが「ゴム臭」だ。ホームに到着する電車の床下から上がって来る熱気とゴムの焼けるような臭い。鉄道ファンの筆者にとってはその理由に合点がいくが、それでも意表を突いた臭いだった。
当時の地下鉄電車は抵抗制御といって、架線から供給される電気を車両の床下に備えてある抵抗器に消費させて電圧制御をする構造。電車を発車させ、スピードを上げるためには抵抗器を少しずつ抜いてモーターに行く電圧を上げる仕組みとなっていた。要は床下に電熱器を抱えているのと同じで、摩耗で飛んだゴムの飛沫が抵抗器に触れて焼ける臭いが漂ったのだ。2000系と呼ばれる電車までがこの構造で、それ以降の車は半導体などによる制御で熱気は発生せず、ゴム臭は二度と起きなくなった。
都市化の動きが急速となった19世紀のロンドン、都心部の鉄道用地取得がままならず、それを解決する手段として地下に鉄道を引くアイディアが浮かんだ。世界初の地下鉄は、ロンドンで1863年1月に開通している。日本は幕末の頃で、この9年後に新橋~横浜間に最初の鉄道が開通している。ロンドンで当時開業した路線はおよそ6キロで現在も使われている。今はもちろん電車だが開通当時は、なんと蒸気機関車が客車を引いていた。このため後ろの客車に煤煙が直撃、先述のゴム臭どころの話ではなかった。ただ全線完全な地下ではなく、駅の一部は吹き抜けになっていたり、掘割のようなオープンカットの区間もあったようだ。この地下鉄が電化されたのは1905年、利用者はようやく煤煙から解放された。
ゴムタイヤ地下鉄の良し悪し
小欄でも何度か指摘したが、ゴムタイヤ電車には賛否両論がある。東京の地下鉄に乗り慣れた人がつぶやいた。「札幌の地下鉄は滑るように走るね」
これは高い加速性に感心したものと見える。ゴムタイヤとなったひとつの理由は高い登坂力。南北線の平岸~南平岸間は地下から高架線へ駆けあがるため43‰(1000mで43mの高低差)、通常の鉄道には厳しい急勾配だ。しかし、いま増えているリニアモーターによる電車は磁石の力で引っ張り上げるので急な坂もものともせず、都営地下鉄大江戸線は50‰を超える急勾配区間もある。そのほかゴムタイヤは静穏性に優れているうえ、急加速、急減速に力を発揮、短い駅間距離が可能だ。
世界の都市でゴムタイヤを使った地下鉄を走らせている街はいくつかある。パリでは14本ある地下鉄路線のうち5路線がゴムタイヤで、最初の路線は1956年に開業している。方式は札幌と異なっていて、札幌はゴムタイヤの走行輪の間にモノレールのようなレールを敷き、これを案内車輪が挟むようにして方向性を保つ。札幌市交通局が独自に開発した世界唯一の方式だ。
一方、パリ方式の走行路面はゴムタイヤの走る路面のほか内側に普通の鉄道レールが敷かれており、ゴムタイヤは走行を、方向性は鉄輪がレールを頼りに走る、言うなればハイブリッド方式だ。ゴムタイヤを採用した目的は札幌と同じく登坂力とスピーディーな加速減速だ。このパリ方式は1969年に開業したメキシコシティの地下鉄、66年に開業したカナダのモントリオールの地下鉄でも採用されているほか、フランス地方都市のリールやトゥールーズなどへも広がっている。札幌スタイルはSAPPORO方式として鉄道関係者に知られているが、採用した都市は残念ながら存在しない。
ゴムタイヤ方式の最大の欠点はJRなど他の鉄道との相互乗り入れが出来ないこと。だがパリ方式は日本の新幹線と同じ1435㎜の鉄道レールも敷かれているため、設計次第では一般鉄道との相互乗り入れが可能と思われる。
ガラパゴスとなるのか
札幌が世界初の本格採用に踏み切った自動改札システムは、チケットレスのICカードへと発展した。ところが札幌はその後、独自のシステムにこだわるあまり後れを取った。首都圏では多くの鉄道を乗り継いでも一枚のカードで事足りる。関西、中京、福岡などの私鉄や公営鉄道も同じく一枚のICカードで札幌のサピカ区間を含むほぼ日本全国、ほとんどの都市交通機関が利用可能だ。
しかし、札幌のサピカではこれらの鉄道を乗ることが出来ない一方通行が生じている。同じ札幌圏でありながらJR北海道のKitacaとすら相互乗り入れができない。このためサピカの発行枚数は全国の交通系ICカードの中でも最低クラスだ。
サピカのプラス面も挙げておこう。それは乗るたびに貯まるポイントだ。ポイント制をとっているICカードがそう多くない中で、サピカは2009年の発行時から採用しているうえ還元率が10%と高い。10回乗ると11回目はタダになるシステムは、他の交通機関では回数券として存在するのみ。ちなみに、JR東日本のSuicaはIC運賃そのものを割り引いていて、首都圏では切符なら150円の区間はSuicaで乗ると147円だ。
市営地下鉄の振興策だが、市民が関わるボランティアを考えてみてはどうか。主要駅での案内、駅構内の清掃など、安全が確保できる範囲で市民サポーターを募り、市民に現場に出てもらう。
そのためには地下鉄の状況をもっと積極的に市民にアピールする必要がある。路線の細かい収支はもとより駅、時間ごとの利用人員など、どこが強くてどこが弱いのかを明らかにして地下鉄に市民を呼び込み、ご贔屓さんを創出する。
次の半世紀は、市民が支える地下鉄を作り上げてはどうだろう。
懐かしいゴム臭
札幌地下鉄の特徴は、なんと言ってもゴムタイヤだが、開業初日からそれを印象付けたのが「ゴム臭」だ。ホームに到着する電車の床下から上がって来る熱気とゴムの焼けるような臭い。鉄道ファンの筆者にとってはその理由に合点がいくが、それでも意表を突いた臭いだった。
当時の地下鉄電車は抵抗制御といって、架線から供給される電気を車両の床下に備えてある抵抗器に消費させて電圧制御をする構造。電車を発車させ、スピードを上げるためには抵抗器を少しずつ抜いてモーターに行く電圧を上げる仕組みとなっていた。要は床下に電熱器を抱えているのと同じで、摩耗で飛んだゴムの飛沫が抵抗器に触れて焼ける臭いが漂ったのだ。2000系と呼ばれる電車までがこの構造で、それ以降の車は半導体などによる制御で熱気は発生せず、ゴム臭は二度と起きなくなった。
都市化の動きが急速となった19世紀のロンドン、都心部の鉄道用地取得がままならず、それを解決する手段として地下に鉄道を引くアイディアが浮かんだ。世界初の地下鉄は、ロンドンで1863年1月に開通している。日本は幕末の頃で、この9年後に新橋~横浜間に最初の鉄道が開通している。ロンドンで当時開業した路線はおよそ6キロで現在も使われている。今はもちろん電車だが開通当時は、なんと蒸気機関車が客車を引いていた。このため後ろの客車に煤煙が直撃、先述のゴム臭どころの話ではなかった。ただ全線完全な地下ではなく、駅の一部は吹き抜けになっていたり、掘割のようなオープンカットの区間もあったようだ。この地下鉄が電化されたのは1905年、利用者はようやく煤煙から解放された。
ゴムタイヤ地下鉄の良し悪し
小欄でも何度か指摘したが、ゴムタイヤ電車には賛否両論がある。東京の地下鉄に乗り慣れた人がつぶやいた。「札幌の地下鉄は滑るように走るね」
これは高い加速性に感心したものと見える。ゴムタイヤとなったひとつの理由は高い登坂力。南北線の平岸~南平岸間は地下から高架線へ駆けあがるため43‰(1000mで43mの高低差)、通常の鉄道には厳しい急勾配だ。しかし、いま増えているリニアモーターによる電車は磁石の力で引っ張り上げるので急な坂もものともせず、都営地下鉄大江戸線は50‰を超える急勾配区間もある。そのほかゴムタイヤは静穏性に優れているうえ、急加速、急減速に力を発揮、短い駅間距離が可能だ。
世界の都市でゴムタイヤを使った地下鉄を走らせている街はいくつかある。パリでは14本ある地下鉄路線のうち5路線がゴムタイヤで、最初の路線は1956年に開業している。方式は札幌と異なっていて、札幌はゴムタイヤの走行輪の間にモノレールのようなレールを敷き、これを案内車輪が挟むようにして方向性を保つ。札幌市交通局が独自に開発した世界唯一の方式だ。
一方、パリ方式の走行路面はゴムタイヤの走る路面のほか内側に普通の鉄道レールが敷かれており、ゴムタイヤは走行を、方向性は鉄輪がレールを頼りに走る、言うなればハイブリッド方式だ。ゴムタイヤを採用した目的は札幌と同じく登坂力とスピーディーな加速減速だ。このパリ方式は1969年に開業したメキシコシティの地下鉄、66年に開業したカナダのモントリオールの地下鉄でも採用されているほか、フランス地方都市のリールやトゥールーズなどへも広がっている。札幌スタイルはSAPPORO方式として鉄道関係者に知られているが、採用した都市は残念ながら存在しない。
ゴムタイヤ方式の最大の欠点はJRなど他の鉄道との相互乗り入れが出来ないこと。だがパリ方式は日本の新幹線と同じ1435㎜の鉄道レールも敷かれているため、設計次第では一般鉄道との相互乗り入れが可能と思われる。
ガラパゴスとなるのか
札幌が世界初の本格採用に踏み切った自動改札システムは、チケットレスのICカードへと発展した。ところが札幌はその後、独自のシステムにこだわるあまり後れを取った。首都圏では多くの鉄道を乗り継いでも一枚のカードで事足りる。関西、中京、福岡などの私鉄や公営鉄道も同じく一枚のICカードで札幌のサピカ区間を含むほぼ日本全国、ほとんどの都市交通機関が利用可能だ。
しかし、札幌のサピカではこれらの鉄道を乗ることが出来ない一方通行が生じている。同じ札幌圏でありながらJR北海道のKitacaとすら相互乗り入れができない。このためサピカの発行枚数は全国の交通系ICカードの中でも最低クラスだ。
サピカのプラス面も挙げておこう。それは乗るたびに貯まるポイントだ。ポイント制をとっているICカードがそう多くない中で、サピカは2009年の発行時から採用しているうえ還元率が10%と高い。10回乗ると11回目はタダになるシステムは、他の交通機関では回数券として存在するのみ。ちなみに、JR東日本のSuicaはIC運賃そのものを割り引いていて、首都圏では切符なら150円の区間はSuicaで乗ると147円だ。
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Posted by 北方ジャーナル at 00:00│Comments(0)
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