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2021年05月30日

本誌6月号掲載記事特別公開 台湾防疫日記「帰国篇」その2

本誌6月号掲載記事特別公開 台湾防疫日記「帰国篇」その2
渡航した台湾のホテルで隔離生活を送った、くつした企画

 くつした企画による「台湾防疫日記」特別公開第6弾をお届けする。本日アップしたのは現在発売中の本誌6月号に掲載した「帰国篇」の後半である。無節操制作団体との誉れが高い彼らを代表する黒田拓監督が、あろうことかこのコロナ禍の中、昨年末から今年の春にかけて、やんごとなき理由で台湾と日本を行き来することになった。異才、黒田監督の目に映ったものとは──。この連載はこれにて完結。 (く)

【3月週末】
 帰国日。下宿先の大家さんから自家製の漬物をお土産にいただく。焼酎のビンに隙間なく詰め込まれたものが3本。飛行機の中で大爆発するところを想像すると不安でたまらなくなったので、別途郵便小包で送ることにする。

 松山機場国際線出発ロビーはほぼ無人だった。マッサージ屋さんの店長もブランドバッグ販売のお姉さん方も店を開けてはいるがすっかり商売をあきらめ、ブースの奥で暗い眼をして座っている。航空便もほとんど欠航となっており、アナウンスも不安になるほどまばらだ。
 ふと、これから先もこの空恐ろしいような静けさを、行く先々の空港で味わうことになるのだろうかと考えた。

 夜7時ごろ羽田に到着。飛行機を降りた先で待っていたのは一大イベントだった。

 ぼんやり出口に向かって歩いていると、いつもと異なる方向に促された。入国前の諸手続きを行うための特設会場だ。会場はいくつもの搭乗口前ロビーをぶち抜いてしつらえられており、それぞれのロビーがひとつの手続きを担っている。空港内を会場にした人間ドックのような雰囲気だ。各ロビーでPCR検査証明書の確認、事前に入力した渡航情報の登録などの手続きが進められていく。

 台湾への入国手続きは『入国審査前にSIMカードを購入させてその情報ごと政府に登録する』という賢明な荒業を繰り出されたため比較的シンプルだったが、日本の入国時にはあらかじめ所定のウェブサイトにアクセスして検疫質問票に入力した上で2次元バーコードを取得しておく必要がある。

 自分のようなスマートフォンの機能をほとんど使わず非スマートにしか用いていない人間にはやや敷居が高いと感じていたけれども、このやけに広くとられた手続きブース内には手続きをしてこなかった人、方法が分からなかった人用のブースも用意されており、準備おさおさ怠りない。

 一通りの情報確認が終わった後、ひときわ大きいロビーに通された。奥にはちょうど選挙の投票ブースのようなパーテーションで区切られた半個室がびっしりと並んでいる。

「これに線のところまで唾液を入れて、お配りしたシールを貼って提出してください」

 渡されたのは、小学生の時分に年に一度配られたプラスチック製の検尿用試験管、あれによく似た容器だった。どうやら奥に並ぶ投票ブースは、各人が唾液を搾り出すためのものらしい。容器を眺めてぎょっとした。線が思ったよりも上の辺りに引かれている。普段唾液を意識して出す経験がないけれども、人はここまでたくさんの唾液を出せるのものなのだろうか。

 件の投票ブースは唾液を搾り出すための場所だった。各半個室内には梅干の写真とレモンの写真が貼られている。残念ながらこれはあまり効果がなかったが『あごの下辺りをゆっくり揉むとよい』という記述は大変役に立った。必死に、文字通り搾り出すようにして何とか規定量の唾液を容器に収め終える。

 自分の唾液をよそさまに渡すというのは、存外恐縮するものなのだということをこの日初めて知った。個人的には検便提出以上の気恥ずかしさだった。

 その後は次の搭乗口前ロビーいっぱいにびっしりと並ぶカウンターのひとつで個別に自主隔離の計画を確認され、最後に唾液による検査結果を受け取れば晴れて解放となる。時間にして1時間。さまざまな国の人々が一緒くたになって、健康診断と就職試験を同時に受けているような不思議な体験だった。

 小雨の振る中、無料送迎車を待ち夜半前にホテルに到着。部屋は一般的なシングルルーム。こうして14日間の東京での自主隔離が始まった。

【3月週末】
 東京での自主隔離生活は、台湾のそれとは大分様子が違う。もちろん、毎朝11時に厚生労働省からメールが届き、計熱の上で体調報告をしなくてはならないといったあたりは共通しているが、何より驚いたのは基本的に部屋の出入りが自由であることだ。

 とはいうものの、緊急事態宣言下の飲食店はほぼ21時に店を閉める上、公共交通機関が使えないから当然行動範囲も徒歩圏内。となると結局、日に1回近所へと飲食物の買出しに出かけて部屋で過ごすという生活様式に落ち着くこととなる。政府公認の引きこもりだ。

 そういえば、隔離開始から数日して、突然札幌市の保健所からメールが来たのには少々驚いた。内容は『協力してくれてありがとう、がんばってね!』というようなものだったが、むしろ『こっちでもお前さんの動きは押さえてるから。じゃ、そういうことで』と釘を刺されたような気持ちになった。

【3月某日】
 買出しの道すがら、突然とあることに気づく。しかしこれは隔離が続いて気持ちがすっかり内向きになった人間の勘繰りかもしれないので、そのつもりでご一読いただきたい。

 それは(自分も含めた大多数の)日本人と台湾人、両者それぞれが抱く『マスクをする』という行為への意味合いの違いだ。

 具体的に言うと、台湾人は防疫に有効な手段とされるマスクを『とりあえず試してみている』ように感じられたが、日本人はマスクを『社会的な立場を表明する』サインとして用いているように感じる。
「自分は規範を遵守していますよ」
 というような表明だ。

 根拠はない。道行く人々とすれ違うときの距離感や体の向き、あるいはお店で食事の買出しをするときの短いやりとりから、なんとなくそう感じられただけだ。

 そしてこの立場表明の背後には緩やかな拒絶がある。
「自分は規範を遵守していますよ。だから、これ以上自分に興味を持ち、内側に入ってこないでくださいね」
 というような意味合いの拒絶だ。

 各国それぞれが対策に苦慮する理由がいまさらながら分かった気がした。なにせ、台湾と日本2つの地域をとるだけでも、マスクの意味合いそのものがここまで異なっている。

 成り立ちの背景が異なり、それを基に培ってきた生活様式も異なるわけだから、各文化圏ごとのずれは想像以上に大きい。極端な話をすれば、ハリネズミとハリモグラの違いだ。両方とも似た姿をしているが、前者は胎生で後者は卵生、生態も違えば餌も異なる。

 だから、とある文化圏で有効だった対策が他の文化圏で有効だとは限らない。ハリネズミとハリモグラ、両者にとって共通の餌は存在しないからだ。

 結局のところ、今回の災厄にあたってはその文化圏に寄り添った対策がもっとも有効、という話にしかならないのだろう。台湾の方策はかの地域の人々にしっかりと寄り添っているために成功したが、同じ手が他の地域、例えば日本で通用するかどうかはまた別の話と考えた方が良さそうだ。

 そんなことを考えながら、その風貌とお名前からモンゴル出身らしい店員さんにお持ち帰りの牛丼をもらいうけ、再びシングルルームへと戻るのだった。

 隔離は残すところあと1週間。そのころには東京の緊急事態宣言が解除される。



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Posted by 北方ジャーナル at 23:24│Comments(0)編集長日記
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