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2021年05月29日

本誌6月号掲載記事特別公開 台湾防疫日記「帰国篇」その1

本誌6月号掲載記事特別公開 台湾防疫日記「帰国篇」その1
ほぼ無人の松山機場国際線ロビー

 くつした企画による「台湾防疫日記」特別公開第5弾をお届けする。本日アップしたのは現在発売中の本誌6月号に掲載した「帰国篇」の前半である。無節操制作団体との誉れが高い彼らを代表する黒田拓監督が、あろうことかこのコロナ禍の中、昨年末から今年の春にかけて、やんごとなき理由で台湾と日本を行き来することになった。異才、黒田監督の目に映ったものとは──。 (く)

本誌6月号掲載記事特別公開 台湾防疫日記「帰国篇」その1
「集芳日本舞踊」のひとコマ

本誌6月号掲載記事特別公開 台湾防疫日記「帰国篇」その1

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本誌6月号掲載記事特別公開 台湾防疫日記「帰国篇」その1
「集芳日本舞踊」主宰、黄雪芳老師

【2月吉日】
 台湾の山の手、民生社区にある『民生社区中心』に行く。開演を1週間後に控えた日舞の発表会の舞台稽古を覗かせていただくためだ。台湾でも指折りの規模を誇る日本舞踊教室が企画するものなのだという。

 年が明けてすぐに、台湾随一の国際空港を要する桃園市で比較的大規模なコロナの病院内感染が発生し、その余波で台北市では公的な催しが相次いで中止となっている。その影響も気になるところだ。

『民生社区中心』は規模の大きな市民センターのようなもので、入り口には大きな体温計測装置が据えられていた。物々しいそれをくぐり、エレベータに乗る。稽古とはいえ門下の方々は100人に及ぶ。向かったのは大ホール、この施設で最も大きなステージだ。

 舞台上で進むリハーサルの合間を見て入門生の皆さんにお話を伺うと、入門した経緯もずいぶんと多様であるようだった。役者としての修行の一環として学んでいるという男性、坂東玉三郎にあこがれて長く女踊りを学んでいらっしゃる会社員、あるいは、着物の着付けからそれに合った所作に興味が湧き、踊りに行き着いたという主婦仲間おふたりなど、その動機はさまざまだ。

 その中心にあって、すべての演目の演出と構成を担われているのが『集芳日本舞踊』の主宰、黄雪芳老師。若泉流の名取であり、他数々の流派に師事して学ばれた経歴をお持ちの方だ。

「今回の発表会は、日本舞踊の発表としては台湾でも類を見ない規模になりました」
 そうおっしゃる黄老師に、公演に際して昨今の情勢の影響はどのくらいあるのかをまず尋ねたところ、会場入り口でのチェック、そして関係者全員の事前の計熱といった条件を下敷きにすることで、なんら心配なく稽古に専念できているとの事だった。

 黄老師が日本舞踊の道に進まれたきっかけは少々異色だ。

「もともとは、三島由紀夫の文学に触れて日本文化に関心をもったんです」
 そのため、黄老師は文学の世界を材にとった創作舞踊にも精力的に取り組んでいらっしゃるそうだ。

「振り付けをつける際には、まず題材となる曲の歌詞を理解するところから始めますね」

 演目へのアプローチの仕方も、文学への志向からくるものなのか独特だ。歌詞の意味から背景を掴み取り、振り付けはもちろん、コーディネートから舞台美術にいたるまでに総合的に反映させていく。その集大成の開催が1週間後に迫っているということで、黄老師以下スタッフの方々も大変にお忙しいようだった。

 お時間をいただけたことにこの場をお借りして御礼申し上げます。

【3月休日】
 公演当日。地下鉄芝山駅に程近い『台湾戯曲中心』を訪れる。入場手続きの防疫対策は徹底しており、スマートフォンでインターネットに接続して氏名と連絡先を登録するか、その場で記名を行ない、体温検査をしたうえで入場が許される。100人近い教え子の方々の習熟度に合わせ、創作群舞から古典舞踊までを用意し、それを緩急つけて纏め上げるイベント構成は見事なものだった。

 そんな中、随所に新鮮な要素がちりばめられている。それは例えば、歌詞や曲にぴったりとシンクロした所作、いわゆる『あて振り』の多さであるとか、エキゾチックな鮮やかさの着物の着付けといったものだ。これらは台湾ならではの創造性を感じさせた。

「現代舞踏は体を『上』に広げることで表現しますが、伝統舞踊は『下』に根を張るのです」
 そう説明してくださった日本舞踊の本質を基盤に、黄先生が異文化としての日舞をどう捉えられ、どう再構成されたのか。その答えを見るような思いだ。

 第1部が終わりに差し掛かったころだった。
「今回の発表会開催にあたり、お世話になった方々をご紹介します」
 そうアナウンスがあり、舞台の照明が落ちたかと思うと、突然それは始まった。堀内孝雄が高らかに『ありがとう』を連呼する歌が鳴り響く中、運営サイドが感謝をささげる人々の画像と名前が次々とホリゾントに大写しになっては消えていく。

「ありがとう!」
 ジャーン!
「ありがとう!」
 ジャーン!

 これがもうとても我慢できない。涙はとめどなく流れ、笑いは止まらない。ほぼ禁じ手といえる演出だろう。披露宴で新郎新婦の登場時に『甘いささやき』(しかも細川俊之カバーの)やら『My Heart Will Go On』やらを流すようなものだ。

 誤解しないでいただきたいのは、これは(恐らくは)すべてを理解した上での、台湾流のやり方だということだ。日本ならばこういったややスノッブな場ではその全体の雰囲気や文脈を考えて、こういうべたな演出はしないが、台湾においてはその瞬間の感動をなによりも一番大切にする傾向があるように感じる。

 だから、余韻であるとか後先を考えずにこの瞬間を直接的な表現で盛り上げて、それでおしまい。あとは気持ちを切り替えて再び元の文脈に戻っていく。つまりこれは優先順位の問題だ。場の空気を『考えていない』のではなく『それよりも重視するものがあるから場の空気を一時措いておく』というわけだ。

 場を問わず、いつでもやり方を切り替える。こういった演出の方法論にも台湾人の持つ根源的なドライさが感じられる。

【3月某日】
 週末に帰国が迫ってきた。取材と打ち合わせのの日々を送りつつ先週あたりから荷物をゆるやかにまとめ始めていたが、夜になってふと日本の外務省ウェブサイトを眺めてみて青くなる。

 国内の状況を受けてなのか、日本への入国に関するレギュレーションが変更になっていた。入国前72時間前の滞在国でのPCR検査と、入国後14日間の自主隔離が必須。やや厳しくなっている。

 自主隔離期間中は公共交通機関の使用ができないため、出国前に購入していた国内線への乗り継ぎは利用できなくなった。あわててキャンセルし、東京での自主隔離先を探して予約をする。幸いにして空港への送迎サービスつきの『格安自主隔離パック』を謳うホテルがぼちぼち見つかり、何とか事なきを得た。

【3月翌日】
 下宿先に程近い大学付属病院にPCR検査に行く。検査会場は裏側の救急病棟受付前にしつらえられたプレハブで、中に入ると検査担当の医師は部屋を仕切る巨大な透明アクリル板の壁の向こうに座っていた。

 アクリル板の中ほどには腕一本が通るくらいの丸い穴があり、流し台の排水溝にはめ込む菊割れゴムのようなものがはめられている。検査者は厳重な手袋をはめた片腕をそこからにょっきり伸ばし、検査対象、つまり自分の鼻に長い綿棒を突っ込むわけだ。

 ところが医師の体のサイズと穴の位置がうまく合わないのか、どうにも動きが危なっかしい。その上検査対象との距離が遠いせいで加減が分からないようで、棒の先が目玉まで突き抜けそうな勢いでねじ込まれた。猛烈に痛い。

 帰途、鼻の奥に消えない違和感を覚えつつ、今回の海外渡航についてぼんやりと考えた。
 事態は常に変化し続けている。今回はたまたま事前に日本政府のウェブサイトを確認したからよかったものの、もしそうせずに出国前の認識のまま飛行機に乗っていたらどうなっていたことか。想像するだにぞっとするが、他方この敷居の高さは、むしろプラスに働くのではないかとも思った。

 旅行・商用など目的を問わず、海外渡航はとても気安いものとなった。旅行代理店のサービスも日々進歩し、海外でのトラブルにも自国の言葉で対応してもらえる。こうなると、権利意識を膨れ上がらせるのが消費者の常だ。海外での不都合はお金を払った先が対処して当然、という気持ちになってくる。

 実のところこれはお門違いもいいところだろう。ロバート・スコットは南極で遭難したが、だからといって彼を探検隊に任命したマーカム卿にクレームをつけたりはしなかった(と思う)。自分が生きる地から離れるということには、大なり小なり必ず何らかのリスクを伴うのだ。

 自ら情報を集め、自己責任で身の安全を守る。今回は、旅に際して必要となるこの当たり前の心構えを改めて認識するいい機会となった。

 部屋に帰ってマスクを取ったら顔に一筋、鼻血が流れた跡があった。

(つづく)



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