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2021年04月20日

本誌短期連載「台湾防疫日記」特別公開③ 異色の映画監督がコロナ禍の台湾で見たこと、聞いたこと

本誌短期連載「台湾防疫日記」特別公開③ 異色の映画監督がコロナ禍の台湾で見たこと、聞いたこと
14日間の隔離を終えたホテルのキーカード回収箱

 くつした企画による「台湾防疫日記」特別公開第3弾をお届けする。本日アップしたのは現在発売中の本誌5月号に掲載した「後編」の前半部分である。無節操制作団体との誉れが高い彼らを代表する黒田拓監督が、あろうことかこのコロナ禍の中、やんごとなき理由で台湾に渡航することになった。昨年の暮れ、渡航制限が敷かれている中、苦労の末に黒田監督は台湾に渡り、厳しい(?)隔離生活を送ってから晴れて自由の身になるのだが──。(く)

本誌短期連載「台湾防疫日記」特別公開③ 異色の映画監督がコロナ禍の台湾で見たこと、聞いたこと
滞在先の『先嗇宮』で。廟に祀られているのは「神農大帝」の巨大な行灯


1月9日
 寒い。14日間の隔離を終えてホテルを出ると気温は7度。実に4年ぶりの冷え込みだそうだ。あまりに寒いので札幌を発つときに着込んでいた上着を羽織るがそれでも震えが止まらない。この寒さは、空気中の水分すら凍てつく寒干しの地、北海道で生まれた人間が苦手とする、湿気を含んだ冬の東京のそれだ。

 身を縮めながら隔離生活をちょっぴり恋しく思い起こす。正直に言えば、ホテルでの隔離は自分にとっては『甘美な軟禁』といってよかった。夜中になると騒ぎだす隣のお子様台湾人には悩まされたりもしたが、住環境自体に問題なく、届けられる食事だって時間通りだ。何より、外に出てはいけないのだ。これはつまり、出なくても後ろ指をさされたりしないと言い換えることができる。望むと望まざるとに関わらず、自分の心の底では嫌いではない行為を強いられる。「もう。しかたないなあ…」というやつで、これは自意識過剰民族である日本人の好きなシチュエーションだろう。

 これからさらに7日間、別のホテルでの自主隔離期間を経て、今回お世話になる下宿先へと向かうことになる。

1月16日
 台湾の中枢である台北市を囲むように広がる新北市。その西部に位置する地下鉄先嗇宮駅一帯は、かつて川から河口、そして海へと水辺に沿って交易が盛んだった川縁の地域で、今は町工場の立ち並ぶ工業地帯となっている。

 駅の名の由来である『先嗇宮』は、ここにある豊穣と探し物の神である神農大帝を前面に据えた廟だ。旧正月の賑わいに向けて設えられた神農大帝のお姿は、とぼけたひげ面の上、腰に申し訳程度の葉っぱを纏っただけのおっさんといった感じで、80年代後半に流行したヘタウマ漫画の画風を思わせるが、警察が犯人捜査に行き詰ったときにやってくることもあるというから霊験はあらたかなのだろう。

 今回の滞在でお世話になるお家は、その廟にほど近い住宅街にあり、大家さんはご夫婦で精進料理のお店を切り盛りされている。看板もなく奥まった場所にあるまったく目立たないお店なのだけれども、食事時になると驚くほどの人が集まり行列を作る人気店だ。こちらに嫁がれた日本人女性との伝手が繋がり、しばらくの間下宿させていただくことと相成った。辺りは古いアパートや家々が小路の両側に寄り添う密度の濃いエリアで、住人たちの距離が親戚のように近い反面、施設の老朽化や区画整理によるものなのか、建物が取り壊されて更地になった場所も多い。

 結果、この一帯には密度の濃い小路と何もない更地がモザイク状に入り乱れる、奇妙な風景が広がっている。そしてそれらの更地には次々と高級マンションが建設されつつある。地下鉄駅前に掲げられた広告には『存房子比存銭好』(お金より家をのこすほうが良い)とあり、その投資としての真の意図を隠そうとしない。この島が交易と商人たちの文化圏であることを強く感じさせる。

「あのあたりからもっと南のほうは『養蚊子場』なのよ」

 先嗇宮から少し離れた場所に住む友人がそう教えてくれた。直訳すると『蚊の養殖場』。ひとけのないお化け屋敷、というような意味あいだ。
「マンションがたくさん並んでるけど、誰も住んでいない。みんな資産として買ってるだけ。だから夜になると真っ暗」

 ともあれ、台北には珍しく住人の距離が近い伝統的な共同体の雰囲気と、輝かしい未来に向けて進められる再開発の波がせめぎあう、とても貴重な地域だ。

本誌短期連載「台湾防疫日記」特別公開③ 異色の映画監督がコロナ禍の台湾で見たこと、聞いたこと
三重の菜市場の様子

1月吉日
 下宿生活を始めてすぐ、これまでのドミトリーやワンルームでの生活との環境の大きな違いに気づく。それは家の構造だ。まず玄関が存在しない。家の入口は1枚のガラスサッシで、靴箱は屋外に置かれている。つまり土間がない。

 そしてサッシの向こうはいきなり応接間になっている。外から一歩家の中に入ると、目の前の空間にはTVとテーブルとソファが据えられており、むき出しの家庭が出迎えるという寸法だ。家の外と内との間の緩衝地帯が存在しないため、ちょうどエアロックがない宇宙船のような感じだ。

 だから、家に知り合いなどが訪ねてくると、その人物がいきなりプライベートな空間の中心に沸いて出てくるような感覚を覚える。この内と外の意識の違いは、日本との文化圏の違いをとても強く感じさせて興味深い。

 とはいえ、小さな共同体内で規範と役割とを遵守し、作物の生産量維持に一生を捧げる生活様式が遺伝子に刻まれた農耕文化圏丸出しのインドア派たる自分は、内と外がきっぱり分かれていることを好む。ひとりでいられるのならトイレの個室でもいい。そんな身には、慣れるのに少々時間がかかりそうだ。

 こちらの家庭で飼われている猫のうち、若い雄猫の方が知らないうちに自室に入ってきて、神経質そうに広げたばかりの自分の持ち物を嗅いで回っている。新参者のせいで落ち着かなくて仕方がないらしい。なんだか他人ごとではないように思えて頭を撫でたら小さくにゃあと鳴いた。

 ※この続きは近日公開予定。



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