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2020年03月17日

【本誌アーカイブ】ススキノのランドマーク・ラフィラ閉店に思いを寄せる人々①

【本誌アーカイブ】ススキノのランドマーク・ラフィラ閉店に思いを寄せる人々①
約46年前に開業したラフィラの前身・札幌松坂屋

北海道を代表する繁華街ススキノのランドマークとして親しまれてきた商業施設、ススキノラフィラ(運営・ススキノ十字街ビル、以下ラフィラ)。1974年に高級路線の百貨店・札幌松坂屋として開業して以降、ヨークマツザカヤ、ロビンソン百貨店札幌、そして現在のラフィラへと業態転換を経てきたが、今年5月17日に完全閉店する運びとなった。これにあたり本誌では、同施設にゆかりの人々を訪ね率直な心境を取材。2020年3月号に記事掲載したが、閉店からあと2カ月あまりと迫った今、インターネットの海の中でも同施設の歩みを記憶として残すべく、この公式ブログ内で2回に分け改めて収録する。その初回は、開業から今日までの歩みを見つめてきた識者の言葉を綴る。

ススキノ人の悲願だった
新しいまちづくりの象徴


現在はラフィラとして親しまれている商業ビルの建設前の状況について詳しい、札幌の老舗銘菓・三八の小林孝三会長。三八の社名にあまり馴染みのない読者がいるかもしれないが、「札幌タイムズスクエア」をはじめとする菓か舎ブランドを手掛ける菓子メーカーと言えばピンと来る人は多いだろう。  
小林会長の父・故小林孝治氏は当時、三八の社長として尽力する一方で、すすきの観光協会の初代会長(1978年就任)も務めた、文字通りススキノの有力者のひとり。そしてくだんの商業ビルを運営するススキノ十字街ビルの初代社長でもあった人物だ。なお息子の小林会長は現在も同社の取締役を務めている。  

小林会長によるとラフィラのビルが出来る前のススキノは、とにかく火事が頻発し、今で言う反社会的勢力の集団も大出を振る極めて治安の悪いまちだったという。頻発する火事は特に問題視され、それが自ずと耐火性能の高い建物でまちを改めて整備しようという再開発の動きに結び付いていった。  
当時のススキノ人たちが再開発の構想を巡らす中で湧き上がってきたのが、「ススキノを歓楽街だけのまちにはしたくない」という思い。 「ショッピングに来る人もいれば、ビジネスマンもいる。そんないろいろな人たちが集まってくるまちにしようじゃないか、というのが父をはじめ当時のススキノ人の総意、つまり夢だったのさ」(小林会長)
 
その再開発を象徴する取り組みとして動き出した、くだんのビル建設事業。だが当時の地権者との交渉は、小林会長が「父の身の危険を案じるほど、とんでもない修羅場」と話すほど困難を極めたそうだ。 「それでも父が夢中になり命懸けで取り組んだ」(小林会長)というビルは、この頃の国内百貨店の雄・松坂屋が一棟まるごと借り受け、札幌松坂屋として華々しくオープン。当時の同店幹部は「札幌に銀座を持ってくる」などと豪語していたようだ。  
そしてこの再開発事業に関わったススキノ人の多くは、「これでススキノは変わる」と歓喜したという。
「(札幌)松坂屋の開業で、我々の夢は叶った、と誰もが思った。でも松坂屋の高級路線は、結構早い段階で時代に合わなくなっていったんだ」(小林会長)  

【本誌アーカイブ】ススキノのランドマーク・ラフィラ閉店に思いを寄せる人々①
札幌松坂屋には今は懐かしい屋上遊園地もあった

1979年、札幌松坂屋は開業からわずか5年で閉店した。だが同店は閉店の前年に、事業再建を目指してイトーヨーカ堂と提携していた。これはスーパーマーケット事業で成功を収めたイトーヨーカ堂が、当時の流通小売業の花形だった百貨店事業の進出も熱望していたという思惑も色濃く反映している。こうした事情は、当時を知る多くの流通業界人が知るところだ。  

札幌松坂屋の閉店によりイトーヨーカ堂は、業務提携から経営の矢面に立つこととなる。それが札幌松坂屋の閉店から2カ月後にオープンしたヨークマツザカヤだ。同店のほかに全国でこの名称の商業施設はない。  
百貨店進出が悲願だったイトーヨーカ堂が満を持して経営全般に乗り出した同店だったが、その立ち位置はいわばスーパーマーケットと百貨店の中間のような位置付け。品揃えや店づくりもそれまでの高級志向から半ば大衆向けに寄った格好のほぼ180度転換したものだった。  
この方針転換がこの地域の需要にマッチしてか、ヨークマツザカヤの営業は15年間続いた。そして1994年、現在は廃業した米国百貨店チェーンのJ・W・ロビンソンとイトーヨーカ堂の提携に伴い、ヨークマツザカヤはロビンソン百貨店札幌店と改称。ススキノの待ち合わせ場所としてロビ地下(=ロビンソン地下)の呼び名は記憶に新しい人も多いだろう。  

だが同店はバブル崩壊の荒波に晒される。2002年に百貨店としての売場を、地下2階から地上2階までの4フロアに縮小。残りのフロアをテナント貸し。その地上3階から上のフロアを、専門店街ラフィラとした。  
しかしロビンソンは2009年に閉店。これにより札幌松坂屋として産声をあげ、路線を変えながらも営業を続けてきた“ススキノの百貨店”は消滅。以降、現在の商業テナントビルとしてのラフィラとなったという流れだ。

「昔ある人から言われた、『歓楽街であることが特長のススキノを、格好良いまちにしてもダメなんじゃないか』という言葉を思い返す。確かに人工的にまちを作り変えるのは、相当難しかったな」  小林会長は、そう感慨深げに話す。(次回に続く)


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