2015年02月16日
北海道経済界の巨星、故・井須孝誠氏の追悼の会を稚内で開催
地元稚内のみならず北海道経済界に大きな足跡を残した井須氏(2月15日午前、ANAクラウンプラザホテル稚内で)
昨年12月18日、肺がんにより81歳で死去した稚内名誉市民で稚内信用金庫最高顧問、稚内商工会議所名誉会頭の井須孝誠氏の追悼の会が2月15日、稚内市のANAクラウンプラザホテル稚内で行なわれた。地元をはじめ全国からゆかりのある関係者約300人が集まり、最後の別れを惜しんだ。
遺影に向かい“お別れの言葉”を述べる工藤市長
この日の稚内は低気圧の接近で朝から歩くのもままならない強風が吹き荒れたが、市と稚内信用金庫、稚内商工会議所の3者主催による追悼の会は予定通り午前10時から開催。冒頭、参集した関係者全員で黙祷を捧げた後、主催者を代表して工藤広市長がお別れの言葉を述べた。
工藤市長は「井須さんは、都市計画審議会や特別職報酬等審議会の会長を務められ、市民の代表として時に厳しく、時に温かい眼差しをもって本市の将来像を見据えた貴重なご提言を数多くいただいた。平成14年には市政功労者、昨年は7人目の名誉市民に選ばれた。感謝と尊敬の念を捧げるとともに安らかなご冥福をお祈り申し上げます」と述べ、その功績を称えた。
同じ金融マンだった高向会頭も追悼の辞を述べた
亡き夫の思い出を語ったかをる夫人
その後、武部勤元衆議、高橋はるみ知事(山谷吉宏副知事代読)、吉田正人道議、岡本雄輔稚内市議会議長、一般社団法人全国信用金庫協会・大前孝治会長(小此木良之専務理事代読)、一般社団法人北海道商工会議所連合会・高向巖会頭、友人代表木下耕一氏の7人が追悼の辞を述べ故人を偲んだ。
遺族を代表して夫人のかをるさんが、「病床で『仕事でのやり残しはなかった』と言っていましたが、そばで支えてくださった方々にはご苦労されたことと思います。しかし、公平で寛容な心で接していたはずです。広く深い優しさを持った人でした。厚かましいようですが私はそんな主人を賛美したいと思います。生前のご厚情、本会開催に尽力してくださった皆様、ご参集の皆様に御礼申し上げます」と謝辞を述べた。
最後は参加者全員が白い菊を献花して閉会した。会場となったホテルのロビーには、新聞・雑誌に掲載された井須氏のインタビュ—記事や思い出の写真などもパネル展示されていた。なお、午前11時半からは一般参会者の記帳、献花が午後1時まで行なわれた。
Posted by 北方ジャーナル at 12:56│Comments(0)
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