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2011年03月15日

ひとまず、安堵の朝


日本ユニセフ協会のホームページ(部分)

 15日の早朝5時に自宅の電話が鳴り、娘と寝ていた筆者は一瞬ドキリとした。仙台市宮城野区に住む義兄一家の安否が分からず、胃を痛めていたからだ。

 東北関東大震災の発生直後に「子供たちと近所の小学校に避難した」、次いで翌12日早朝には義兄について「徒歩で避難所に辿り着いた」と義姉からの短い連絡があって以降、ずっと音信不通の状態が続いていた。

 持病を持つ甥っ子2人は薬が手放せないし、幸い命は助かったが特殊な状況下で心的ストレスが鬱積しているのでは…。山形県の義母や東京都の義妹とも連絡を取りながら、義兄一家が住まいを失っていた場合の対応などを話し合っていたが、今朝電話を受けた妻によれば家は取り敢えず原形をとどめており、家族も元気でいるらしい。

 義兄一家は、津波警報が注意報に変わったところで難民キャンプのようになっている避難所を離れ、自宅に帰ったそうだ。ただ、窓をはじめ家中のガラスが割れ、家具類も散乱していて、しばし呆然としたという。

 電気やガスは止まっていたが水道は使えたので、近所の人に水を分けたりしながら凌いできたらしい。屋根はあっても窓がない状況では朝晩の冷え込みが堪えただろうが、義兄の趣味のキャンプ道具が役立ち、家の中でテント・寝袋、毛布を使い、炊事は庭で炭火グリルやガスコンロを使ってきた由。

 深夜に停電から回復し、早朝に固定電話が使えるようになったので安否を知らせてくれたそうだが、一番困っているのは食料とトイレットペーパーとのことだ。

 店内が破損した近所のスーパーは、屋外に臨時販売所を設けているが商品は品薄。救命・緊急車両を優先するため通行規制が敷かれているので、食材などの買い出しにも出られないという。

 自治体や警察消防、自衛隊などが懸命に生存者を捜索し、また学校の先生たちも児童生徒の安否確認でほとんど自宅に帰っていないような状況下で、「命が助かった自分たちは少々不便でも文句は言えない」と義姉は話していたようだが、それを妻から聞いて胸が締め付けられる思いがした。


日本赤十字社のホームページより活動の模様

 いま出来ることとして、取り敢えず日本ユニセフと日本赤十字社の義援金募集に応じたが、被災者に対し迅速に水・食料・生活必需品を届けてくれる組織がほかにないものか、検索しているところだ。

一人でも多くの人が助かることを祈るとともに、難を逃れた人の不便が少しでも早く緩和されるよう微力ながら協力したい。(ひ)


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