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月刊誌「北方ジャーナル」公式ブログ › 政治経済 › 北見「小泉、武部時代の終焉」メモ(その2)

2009年08月17日

北見「小泉、武部時代の終焉」メモ(その2)



(8月14日、北見市民会館で収録。詳しい情報は「フォーラム神保町」のサイトをご覧下さい)

その1から続く

 佐藤 検察から「外務省からそういう話あった」と言うんですよね。1993年の12月に、鈴木さんが選挙監視団で(ロシアに)来た。当時自民党で。超党派で来たんですよね。そのとき夜、鈴木さんの部屋に私が泊まった、と。それで、エクストラベッドに寝た、というんですよ。
 鈴木さんからカネが行ってると思ったら、カネも行ってない。鈴木さんの力で、偉くなったわけでもない。ということは、こんな檻の中に入れてもあれは切れない。鈴木を裏切らない。ということは、カラダの関係があるんじゃないのか(場内爆笑)。こういう見方なんですよ。
 
 香山 それは、どっち役として。

 佐藤 いや僕もわからない。検事も聞いてくるんですよ。「そういう話あるんだけども、君たちデキてたんじゃないの」。そしたら私はこう言ったんですね。
 「確かにあの日は鈴木さんの部屋に泊まりました。それは、徹夜でロシア語の開票速報をやってると。それを翻訳をしてくれと言われたから泊まったんで、そしたら鈴木さんが『疲れるだろうから』と。『いや、ソファーあるからいいですよ』と。そこでエクストラベッドを入れてくれたと。あの部屋には大きなダブルベッドがあるんだ。もしそういうことをやるんだったら、エクストラベッドなんかどうして入れる必要があるんだ」。こういう風に言ったら、「確かに君の言うことは合理的だ」と検事が言って、そこのところは諦めてくれたんですけども。
 やはりですよ、官僚の世界で、カネが動いてない。それから出世しないと。ならば、男と男の愛の関係だと。こういう風に思うっていうのは、僕が本当に北方領土問題を解決しようと思って、それだから鈴木さんの力を、外務省として使うんだと。そういうところで、北方領土のところでやってたんだという、そのいわば一種のロマンがあって、国益があって動いてたんだということが、わからなくなっちゃってるんですよ。その観点で、この武部さんの「オホーツクを笑顔にする武部勤さん」というパンフレットを見て驚いたんだけども、北方領土の問題がほとんどない。
 それだけだったらいいんですけどね、「国際社会と協調し、世界の平和と安定のために責任を果たす。北方領土返還運動の促進」。要するに「運動」を促進する、ということですね。これ、エセ同和でも、同和問題、部落差別が解消したら、運動がなくなるんでやってくというのは、エセ同和の特徴ですよね。「運動」を推進していく、ということ。

 そのあと。これが実は凄い大変な話で、大爆弾がこの中に入ってるんです。
 「日露友好平和条約の早期締結」ということなんです。日本がロシアと合意し、日本政府の立場は「日露平和条約の締結」です。ソ連はかつてからですね、領土問題をなしにした友好条約、これを締結しろということを言って、日本は国益としてそんなものは受け入れないと言って、断ってるんです。
 「日露友好平和条約」で、ロシアの主張と日本の主張を、足して2で割るような文言。「日露友好平和条約」って使ってるのは、私が承知する限り、武部先生のこのパンフレットだけです。
 
 可能性は二つあります。ひとつ、北方領土交渉の基本的なことを、知らない。こういう可能性ですね。となると、これはレベルとして、国会議員の水準でないということです。
 二番目。深ーい考えがあって、北方四島を日本に取り戻すという路線以外で、ソ連が考えていたように、友好平和、金髪外交だけやってればいいと。こういうところだけで、領土の本質のところは脇にやるという、深ーい別戦略を持って、「私は、こういう友好平和条約という公約を持って、皆さんの支持を受けているから、北方領土は脇にやってもいいんだ」というような、深ーい考えを持ってるか、どっちかですから、ぜひマスコミの皆さんですね、「日露友好平和条約って何ですか。教えてください」ということを、聞いたらいいと思いますよ。これは深刻な問題です。そして自民党の幹事長経験者が、日露友好平和条約なるものを主張しているということは、これは全国的に取り上げてですね、北方領土問題の原理原則において、これで自民党は大丈夫なのかということを、聞かないといけないと思います。状況によってはこのパンフレット、刷り直しになるかも知れない。こう思ってるんです。
 
 それくらい深刻な問題で、外交っていうのは言葉の芸術なんです。「平和条約」か「友好平和条約」かっていうのは、全然違う話です。この辺のところで、なんか大変なシニシズムがあるように思えるんですけども、北方領土っていうのが、本当に変な形で使われちゃったと思うんですよね。その、傀儡主義をあおるというような形で。
 まあ魚住さんそこで、メディアの果たす役割ですよね。政治家のイメージ云々といったことで。これをどういう風に見ていって、何を注意すれば我々有権者ですね、政治家の素顔とか物事の本当のところを知ることができるでしょうか。
 
 魚住 …また難しい質問しますね。
 
 佐藤 いや、これ事前の打ち合わせ全くないんで。その方が絶対に、見てて面白いんです。
 
 魚住 あのう、正直申しまして、新聞を読んでたんでは、新聞を読んだりテレビを見てたんでは、政治家の善し悪しなんてわかりませんよね。あのうわたくしは、野中広務さんという、もう引退された、自民党の幹事長までやられた方の評伝の取材をしまして、4年ぐらいかけて「野中広務 差別と権力」という本を書いたんです。で、取材を始めるときは、野中さんってこう、ダーティーなイメージが強くって、あの、まあ、金権政治家だろうけれども、ちょっとおもしろそうだからっていうことで取材を始めたんですが、取材をどんどんしていって、例えば野中さんの地元である、京都府の園部町というところでですね、野中さんがそこで町長をやっておられた時代の取材をしますとですね、実にやっぱり素晴らしい政治家なんですね。
 園部町っていうのは、昭和30年代っていうのは過疎の町だった。人口も少なかった。寂れていくばっかりだったんですね。で野中さんが町長になりまして、いろんな公共事業を京都府とか、それから国から引っ張ってきてですね、園部町の学校とか下水道とか、道路とかですね、どんどん整備していって、彼が2期町長をやるんですが、その8年間の間にですね、その過疎の町だった園部町がですね、全国の自治体のモデル自治体になっていって、いろんなところから見学に来るようになった。
 で、私はその取材をしてましてですね、ああ、これは田中角栄さんを少し小さくしたような、凄く地元に密着して、地元の人たちの生活を良くする政治をですね、野中さんという人はやってきた人なんだなと。だから最初に持ってたダーティーなイメージというものが、野中さんの地元である園部町を取材していくと、どんどんどんどん変わってきてですね、あげくのはては田中さんがやっていた政治というもの、田中型政治というものを、僕らその、負の側面しか見てこなかったけれども、実は違うんだ。あの新潟という雪深いところで、地元の人たちの生活を守り、それから生活のレベルを向上させていくためにはどうしたらいいのかというのを、彼は真剣に考えていた人なんだなということは、ようやく野中さんの取材を通じて、田中さんのイメージっていうのが、どんどん僕の中で変わっていったんですね。

 ちょうどその頃起きたのが、鈴木宗男さんの事件だったんです。で、僕はそれから野中さんの取材をしていく中で、マスコミ的にはダーティーなイメージをつくられているけれども、実は本当に地元の住民の生活と密着してる政治家だというのをですね、凄く見直すようになって。でムネオさんの事件が起きても、僕はマスコミが言うことは、マスコミの論調は全然反対でしたね。たぶん鈴木宗男という人の素晴らしいところっていうのは、やっぱり地元の人たちの思いっていうのを、凄く自分の肌でわかっている人だということなんだなという風に思いました。ですから最初の佐藤さんのご質問に、ちゃんと答えられませんけれども、私はやっぱり直接、その人のやってることを見なければ、いいか悪いかということはわかりません、わからないというのが私に言えることです。マスコミはイメージで書きますから。
 
 例えば田中さんがロッキード事件で逮捕されると、もう田中というのは金権政治家で駄目なんだ、という風にレッテルを貼ってしまうわけですね。鈴木宗男さんも一時、そういうレッテルを貼られました。だけど鈴木さんはその後、北海道で何十万票も取る実績、これ、希有なことなんですけども、それを自分の実力で果たしたわけなんですよね。それでお笑いタレント的なキャラまでテレビでつくって行って、あれだけの復活を果たしたっていうことは、僕はそのやっぱり、政治の歴史の中でも希有なことだなと思って、凄く評価してます。
 
 佐藤 宮崎さん、端的に言うとですね、僕はもう鈴木さんとの関係は長いし、長いと言っても、本当に親しくなったのは檻に入ってからなんですよ。それまでは鈴木さんに申し訳ないと思ってるんだけども、外務省に言われて鈴木宗男の懐に入るっていうのが、私の仕事だったんですよ。鈴木さんの力がついてきたら、それだけ鈴木さんに近いことをやるんだけども、「君が頼めば、鈴木さんは情のところで絶対OKしてくれる。それは全体の100のうち、1か2でいいんだ。外務省にとって本当に大切な時になって、守ってもらえるようにするために、鈴木さんにすり寄れ」と。そういう風に言われて、私は鈴木さんのそばにいたから、鈴木さんが見方だったのか敵だったのか、よくわかんないような人だったんですよ本当は。鈴木さんもそういう人間だと思った。
 私は鈴木さんに、お金くれとか、ポジション上げてくれだとか言わなかったんです。というのは、周りにそういう官僚たちが沢山いたから。そういうことをする人間というのは、鈴木さんから信用されない。私はそれぐらいの計算はできたんですね。私がずるい高等計算をしていたから、自分からお願いしなかった。

 ただ私は、鈴木宗男さん、本当に好きになったのは、鈴木さんの秘書で、お金を出し入れしている佐藤玲子さんという方がいたんですよ。この佐藤さんというのが、3月に子宮ガンで全摘の手術をしたと。その前に乳ガンが子宮に降りてきちゃって。そこのところに、検察庁は詐病だと。仮病を使ってるんじゃないかと、連日取り調べに来るんですよ。で6月に鈴木さんが逮捕されるでしょ。
 佐藤玲子さんに、あの、調書っていうのは自分が言うこと書くんじゃないですからね。検察がつくってきたところに最後サインして、判子押せって言われるわけで。鈴木さん政治資金の流用で、自分の私的流用で、家をつくるっていう政治資金の流用で、悪意を持ってやってたんだと。こういうことでサインしてくれって言ったら、彼女サインしなかったんですよ。そしたら、捕まえちゃった。今まで前例がないの。あれで捕まえても、絶対に起訴できないし。
 それで捕まえたあとですね、その時に鈴木宗男さん、思ったんですって。このままじゃ佐藤玲子さん殺されちまうと。国家権力ここまでやるのか。もういい。三人分の人生やった。間違えて国会議員になったと思って。そこで、もう佐藤玲子さんに調書認めちゃえ、って。そうすれば出れるから、今はもう出ることだ。で鈴木さんもバッジ外して(議員を)やめる、ということにしたんですよ。
 そしてその時に弁護士にそのことを言ったら、「奥さんの了承取ってくれ」と。そしたら、鈴木典子さんはですね、「バッジつけるのも簡単ではありません。大変な思いでしか、バッジつけられない。外すのも同じぐらい大変だ。一つだけ聞きたい。あなた悪いことをしたと思ってるんですか。悪いことをしたと思ってるんだったら、バッジ外しなさい。そう思ってないんだったら、バッジ付け続けろ、何があっても。後援会は私は守る。事務所もちゃんと守る」とこう言ったと。それで鈴木さん、バッジつけて戦い続ける気持ちになったと。
 最初、鈴木さんこの話言わなかったんですよ。檻から出てきて鈴木さんに会って、
「一回先生、国会議員辞めようと思って、検察に迎合しようと思ったことありますよね。あのとき、何なんですか」
「いや、暑くてちょっとなあ。俺も気が弱くなった」と。
「いや、長い付き合いだからよくわかってます。本当は何だったんですか」と言ったら、鈴木さん涙ポロポロ流してね、「実は、この佐藤玲子さんのことなんだ」と。「人を殺してここまでやるかという権力に直面して、俺は本当に、この仕事をやってても意味がないと思ったんだ」と。
 それでしばらくして、松山千春さんからファックスが来たと。そのファックスを弁護士さんが見せるんですよね。「鈴木さん反省しないと駄目だ。権力に近寄りすぎてた。権力に近寄ったために、前しか見ない人間になっちゃった。横や後ろが見えなかった」。ここの部分でもう一回やり直す、とポロポロ涙流してましたね。それでその時から私、本当に友達になったんです。ああ、こうやってここからもう一度スタートし直そうかと思ってるんだと。
 それで私も「実は、外務省に言われて先生のところに近寄ってたんですよ」と。そしたら「それは俺もわかってた」と。「しかしあんたは、裏かくようなことはしなかったからな」と。それで本当を言うと、私は檻の中に入っても、やっぱり官僚だから、迎合して鈴木さんに(罪を)かぶせて出てきちゃう、という思いもちょこっとあったそうです。ところが本当に頑張ると。
 それで冗談半分に言って、外交の世界にプロトコルという、礼儀というのがあります。偉い人が来る前にはですね、先にその場所に行って、その人が出ていってから後で出ていく。だから東京拘置所に入る前に、「僕も外交官ですから、プロトコルは守りますから。先に入って先生をお待ちして、先生が出てから出てきますから」。それで鈴木さんが437日いたのに対して、僕が512日間いた。ちゃんとプロトコルを守ったわけなんです。
 それでこの、武部さん。武部さんも私は、政治家としての魅力、当然あると思うんですよ。それだから1回落選してから、7回当選してるというのは大変なことだと思うんですよね。だからたぶん、情としては、やっぱり会ったら引き込まれちゃうような、魅力ある人だと思うんですよ。それだけど私いま、武部さんに駄目だっていうことを言わないといけないっていうのは、これは凄く、ある意味辛い思いもあるんだけども。
 それから、人間的しがらみで選挙やってはいけないっていうのは、この小泉、武部時代っていうのが本質的に、宮崎さん、田中角栄さんに代表されるような自民党政治との違いっていうのがあったと思うんですよね。その違いの本質って、何なんでしょうか。
 
 宮崎 そうですねえ、魚住さんが野中さん、平野さんとは愛と憎しみの関係の野中さんの取材をした時、少し手伝ったことがあります。でその時に思ったのはですね、ひとつは日本の保守政治家の類型としてはですね、汚れたハト派と、汚れたタカ派と、きれいな顔をしたタカ派、まあいろんな分類ができると思うんですが、片や田中派に見られる政治っていうのはこの、汚れたハト派なんだと思いますね。で、小泉さんなんかは、まあ清和会ですよね。旧福田派と言われる、派閥っていうのはですね。やはりあの、きれいな顔を標榜したタカ派、なんですね。だから地元の面倒を見るとかというような、そのドロドロとしたところは、それは汚れたハト派の方が得意とするところなんだと思います。もう一つはやはり、彼らの、まあ鈴木宗男さんにしろ野中さんにしろ、最終的には田中角栄さんにしろですね、いわゆるたたき上げですよね。だから「地盤、看板、カバン」はなかった。しかしながら官僚も得られなかった。しかしながらその、きれいな顔をしたタカ派の人たちっていうのはですね、二世、三世が圧倒的に多いし、で官僚の方の陰日向の応援を得て議員になっている人が圧倒的に多いわけですから、そういう点ではその、人間の素質っていいますか、そういう点では非常に僕は差があるようには思っています。
 それともう一つね、佐藤さんさっき、武部さんが言っておられる公約の中に、北方領土問題がどうだこうだという話があって、彼の認識がどうなんだろうということで言われましたけども、彼は認識なんかないですよ。これは。ないんですよ。ないんですけれど、我々はそれをどう見るかということを考えないといけないわけですね。その時に、これは麻生さんが漢字を読めるか読めないかという問題とも関係してくることなんですけどもね。
 あの、魚住さんがやってる「魚の目」という、フォーラム神保町のメールマガジンがあるんですけども、その中でですね、山口二郎さんがもの凄くいいことを言ってるんですよね。それを若干紹介しますと、これは世襲制度の問題について言ってるんですが
 
 立候補の自由は民主主義にとって不可欠である。一定年齢に達した人間は、誰でも、どこからでも立候補できるという権利は、奪ってはならない。これは、選挙に関するルールの中でも、便宜的に変えられない基本中の基本である。仮に、世襲だからという理由で立候補の自由を制限するという穴を空けたら、その穴は次第に広がる危険性がある。
 たとえば、字が読めない政治家が跋扈するのは恥ずかしいということで、政府が字の読めない政治家を排除するために政治家資格なる検定試験を行い、それに合格した者でなければ立候補できないということだって起こりうるかも知れない。そうすれば、麻生首相は政治家になれないかも知れないが、そのようにして政治家になる資格を制約していけば、排除される政治家は広がっていく。その時の為政者にとって好ましくない人物を排除するための基準を作ることなど容易である。
 
 ということで、山口二郎さんは言っておられる。我々、この視点は正しいと思うし、この視点から武部さんを見ていく必要があるだろう。だから、彼が北方領土に関する基本的な知識がない、からだと私は考えるからなんですが、まあそれで、あと「最初はグー、武部はパー」だとか言われているようなんですが、まあその程度の人物であるからと言ってですね、彼が立候補することは、制約してはいけない。それは民主主義のルールに反することだからである。しかしながら同時にですね、彼の言ってる内容をよく考えて、彼を選ぶような民度では、北見の人はないだろうと。僕はそういう風に思ってるわけなんですよね。
 
 佐藤 わかりました。ただ、日露平和条約について何も言わないということだったらわかるんですけどもね。「友好平和条約」って言葉を使ってきたというのは、僕は、結構深読みしてるんですよ。だからそれは誰に(政策を)頼んだか、っていうこともあると思うんですけども、ここにその言葉を押し込んであるというのは、何か考えていると思います。その点では「おもしろいな」と思ってるんですね。
 
 宮崎 僕はその、押し込んだ人もいるかも知れないけども、ご本人は押し込まれたということもわからないのではないかと思うんだけれど、しかし彼が立候補する自由は奪ってはいけないと。
 
 佐藤 いやあ、私ももちろんそうです。香山さんどうでしょうか、その立候補する自由。
 
 香山 あのう、それはもちろんね。だけどそうなるとね、さっき魚住さんが、やっぱり本人に触れないと人となりがわからないとおっしゃって、でもなかなかね、有権者はその人となりに触れる機会がなく、詳しく知ったりするチャンスもないので、どうしても新聞とかテレビを見ながら判断していくことが多いので、そこをどうやって正しく選択していくかという問題ですね。
 でまあ、先程からポピュリズムの問題なんかが出てますよね。私自身も、小泉政権を支えた司法、警察官僚とかね、検察権力といった問題についてはあんまり知識がないんですけどね、私は常にまあ、ポピュリズムっていうかその、政治と関係ない社会を見ながら、そこでも何か政治のことが透かして見える材料がないかっていう風にいつも思ってるんですよ。それで政治家は、なるべく遠いところから政治家を見たいといつも思ってるんですけどもね、それを考えてみると、本当にそのまあ、政治家に直接触れる機会はないけれども、なるべく騙されない。マスコミによってね、惑わされないということもひとつのね、消極的だけれども、正しい選択をするひとつのね、手がかりになるんじゃないかと思うんですけども。まあそういう意味ではもちろん、仕掛けたマスコミも問題だとは思うけれども、私たちもまあ、パーだったとかさ、そういう問題もあると思うんですよ。
 例えばみなさんも、そんなちっちゃいことどうでもいいじゃないかと、忘れてるかも知れませんけど、2006年に、小泉さんが大勝ちした、次の年ですね。美容整形外科医の娘が誘拐されるという事件があったの。まあ、覚えてないですよね。「セレブ外科医」とか言っちゃって。
 でまあ、誘拐事件そのものは気の毒なことでしたけどもね、その美容整形外科医の人は、なんか胸を大きくする豊胸手術でもの凄く儲けていて、まあ儲けているのはいいんですけどもね、自分がやってる仕事に関して。で彼女は、自分がいかにセレブな生活をしているかを、いろんなテレビ番組で、まあその当時そういうセレブの生活を伝えるっていう番組がいくつもあって、そこによく登場して、自分ちは車が何が何台とか、こんなワンちゃんにこんな高価な服を着せてるとかですね、そういうのを自慢たらしく、公開してたわけですよ。でまあ、誘拐犯の人たちはそれを見て、こいつ金があるな、ということで娘を誘拐しちゃったということだったんですけどね、でまあ誘拐事件そのものはいいか悪いかということではなくて、まあその時に、例えば、一応ね、まあ、医者でね、医者っていうのは取りあえずって言うのも変だけどもさ、まあ病で苦しんでる人たち、弱い立場に追い込まれてしまった人たちですね、そういう人たちに接する仕事をしてるわけなんですよね。そういう立場にある人間が、まあその、まあ別に金儲けに走ってることがいいか悪いかということじゃなくて、それは資本主義の中でいいかも知れないけれども、それをああやって自慢たらしく公開して、まあ公開するのもいいですよ、自由だから。それをまたね、視聴者の人も凄いそのことを喜んで見てね、「うらやましい」とか「素晴らしい」とか言っちゃって、でまたその人が凄く人気が出るというような、まあ放送があったわけです。
 私は凄く、その誘拐される前からね、まあそのことを見ていて、まあ自慢するのも結構、別にお金儲けるのも結構。それを私たちが見て、批判もせずに見ていてこれでいいの本当に、とかっていうこともなく、まあ本当にみんなそれでね、とってもそれ喜んじゃって、見る。
 そして当時のアイコン、シンボル、ホリエモンっていう人がいましたよね。ああいう人がねえ、自分からヘリコプター持ったとか自家用ジェット買ったとかなんとか、金で買えないものはないだとか、世の中全部金でかなえるだとかって事を言って、それに対しても本当に多くの人たちがね、「よく言った」とか、「かっこいい」という感じでねえ。それはそうかもしれないけども、本当にそうなの? ということもなくね、喜んじゃったりするっていう、いわゆるセレブみたいなものを見て。でも実際はさっき魚住さんが言ったように、地方はどんどん疲弊して、若い人たちは職を、派遣とかにどんどんなっていって、非正規雇用になっていくということがあったのに、なんかそこから目を背けるためにも、そういった六本木ヒルズに象徴されるような、セレブなね、リッチな生活ぶりをテレビを通して見ることで、なんか自分も一時的にそうなったような錯覚であるとか、あるいはそうなれるかも知れないっていうね、もう自分で自分のこと騙してたっていうかさ。そういう時代があったわけですよ、あのころね。で、まあ結果的に、こうなっちゃった。
 で今こそね、ここで、いや、もうそんなことはするまい。あんな人たちねえ、セレブの自慢をされて、それを見て、私ももしかすると「そっち側」かも、なんてね、変な自己暗示、とか自己催眠みたいなものをかけるようなことは、もう、やめよう。パーな状態から脱出しようという風に、思えるかどうかということですよね。
 でテレビの方はさ、もしかしたら相変わらずね、「そう思え」ということをし続けているかも知れないけどね。まあそこで、どうなるかなあ、と思うんだけど。まあ、酒井法子一色になってる今を見ると。なかなか、醒めるのは難しいのかなと思ったりもして。いるんですけどねえ。
 
 佐藤 香山さんあの、中東の方に、「邪視」という考え方があるんですね。evil eyeっていう。「邪な目」って書くんですよ。
 中東って、実はセレブが多いところなんですよね。中央アジアもセレブが多いところ。例えばウズベキスタンも私よく行ったんですけどもね、タジキスタンとか。あるいはイスラエルなんかもそうです。
 「いいボールペン持ってますね」「いい時計持ってますね」って言うと、すぐくれます相手は。「持ってってくれ」と。物を褒めないですよみんな。どうしてかと言うと、物を褒めるとか「いいですね」と言うと、「邪視」っていう、変な目が石に付いてたりするんですね。それが横から見てる。悪いことがある。
 1ドル札の裏に、なんかピラミッドがあって、そこに目が付いてるじゃないですか。気持ちの悪い。あれが「邪視」です。ですから「奥さんきれいですね」なんて言うと、中東の人はこんな顔して怒り出すんですよ。「お前何を言うのか」と。
 よく考えてみましょう。褒めるという心の底に、どこか焼き餅の様子はないですか。純粋に褒めてるだけじゃなくて、ちょこっと焼き餅の要素がある。そうするとセレブみたいにそれを見せびらかしていると、抑圧されてる形で、焼き餅がどんどんどんどん貯まっていくんですよ。それがある時、バコーンと爆発すると。だから中東とか中央アジアは、それを経験で知ってるから、軽々に褒めないし、セレブが自分を自慢するということはしないんです。そうじゃないと、社会が爆発することわかってるんです。だからこういう本当の意味での「知恵」っていうのが、僕ら持ってたはずなんですよ。だからみんな、威張り散らしたりしないと。見せびらかしたりしないと。人間みんな、うらやましいという思い違ってないんですよ。そうするとそこの隙間に、権力ってやっぱり入ってくるんですよね。
 ホリエモンをやっつけちゃったら、みんな拍手喝采するだろうということを、検察官は知らず知らずのところになって、あのピラミッドの目のように、邪視のような役割を果たすんですよ。
 
 香山 ちょっといいですか。ここはさ、でもあれだったじゃないですか。ホリエモンが、だけど難しいんだけど、何かマッチポンプみたいな感じで、一方でね、邪視が働かないようにした部分があると思うんですよ。2002年に竹中平蔵さんが、まあ今は東京芸大の教授になってる佐藤雅彦さんていうね、クリエーターの方と「経済ってそういうことだったのか会議」っていう対談集を出されて、竹中さんが政権に入られる前ですね、ベストセラーになったんですけど、その中で私は凄く恥ずかしいことに、今まで竹中路線の新自由主義と言われてるようなね、政治についてそんなにあの、疎かったんですね。その本を読んでびっくりしたんですけども、何度も「金儲けはクリエイティブなことだ」って何度も書いてあって、でまあ佐藤さんたちも、竹中さんは慶応の学生にもどんどん起業をさせて金儲けをするように勧めてるんだ、お金儲けはね、とてもいいことだみたいなことをね、書いてるんです。これから国際競争力をつけないと日本も大変だみたいなことがね、こう繰り返しかいている。
 そういうところでさ、一部でセレブになることは恥ずかしいことでもないし、金を見せびらかしたりね、当然の自分の努力の成果として得られた金と、そこで得られたリッチな生活を見せびらかすことは、これは恥ずかしいことではないし、一般の人たちだって、それを妬むなんてとんでもない、この人たちはもう非常に憧れの存在なんだという風に思わせるようなこう、装置もあったんじゃないですか。
 
 佐藤 それはその通り、あるんですよ。そういうような形にして、国家を取りあえず豊かなことにしていくことによって、税を取ることができますからね。官僚というのは税を取って、そこから生きてるわけですから。他方、官僚というのは、腹の中ではこういった竹中平蔵みたいなものは馬鹿にしてるんです。「大した奴じゃない」と思ってるわけなんですよ。
 それで、実際に国家権力を握ってるのは誰かというところにおいて、国家の中では激しい争いがあるんですね。要するに、検察官僚は、霞ヶ関、要するに彼らの感覚だったらこうですよ。
 夏目漱石はこう言ったんですね。「人間の糞から牛馬が生まれ、牛馬の糞から猫が生まれた」と、そういう感覚で人間を見ていると。官僚はですね「霞ヶ関の糞から永田町が生まれて、永田町の糞から国民が生まれた」と。こういう感覚でいるんです。あいつらはそういう奴らです。その霞ヶ関の中でも、霞ヶ関で一番偉いのは検察官僚は、検察官だと思ってるんです。財務官僚は、財務官僚が霞ヶ関で一番偉いと思っている。外務官僚は、外務官僚が宇宙で一番偉いと思っている。こういう人たちが偉い人争いをしているんです。
 でそこで、権力の実態というものはなかなか、新聞を通してもテレビを通しても、書籍を通しても見えてこないんですよね。その辺が見えている数少ない人というのが、私は平野さんだと思うんです。ここ数年の間で、このまさに権力というものはどういう構造転換を遂げているんでしょうか。それが一点とあともう一つ、それでいくとたぶん日本は破滅すると思うんですよね。これをどういう方向で権力を監視する、あるいは権力のあり方を変えていったらいいんでしょうか。それを聞かせてください。
 
 平野 わたくし、50年ぐらいで約3千人ぐらいの衆議院議員、参議院議員を直接接触して、観察をしてるんですが、私の家は医者でして、親は医者にしたかったんですが、私は頭が悪いもんですから、医者の学校に行けなかったんですが、その私は佐藤さんの質問に対して、一言で言うならですね、政治という現象は権力現象ですわね。権力現象というのは私、何と言いますかなあ、その政治家が主体的にものを考えることではなくて、背後霊と言いますかな、この、そういったものが非常にコントロールして。その背後霊ってのはあの、もうちょっと上品な言い方をすると、潜在意識って言いますかな、あるいは特定の潜在意識でなくて、集合的無意識ですね。これによって動かしてるという感じがしております。
 従って、それがこう、物理的力を強制する、権力に集約する、まではですね、これ、わたくしは生理学者とか憲法学者とかが指摘すべきことだと思いますが、我が国には北海道大学の山口先生以外に、それができる人がいないと思っております。ですから私は脳生理学者だとか、それからその精神科の先生が書いた本を読んで、政治を分析する、非常に大きな刺激になったんですが、例えば中曽根さんが嘘つきだ、って言われますね。「風見鶏」だ、っていうんですが、あの人はその時には嘘ついてないんですよ。一生懸命、言ってるんですよ。背後霊が言わしてるんですからねえ。背後霊が変われば、聞いてる人から見れば嘘になるわけなんですね。
 で問題はそこです。その政治家の言動に対する責任というのがやっぱり、権力をカバーする一番のフォローになるんです。で件の話題になってる、そのオホーツク海の人を言えばですね、例えばその、郵政選挙の時の、広島で立候補したライブドアの人に対して、「我が息子」まで言ってですね、それを状況が変わったとたん、知らん顔をする。これはねえあの、背後霊がそうさせてるのか、本質的に相当な、このう、うう、いろいろな、精神的な「コリ」を持った人なのか。ここはよく分析しなければ駄目だと思います。
 ですからわたくしはあのう、例えば世襲議員の問題でもですねえ、ああいうくくり方をしちゃ駄目だと思うんですよ。やっぱり公正で自由な選挙をするために、どういう仕組みが必要なのかという枠の中で世襲問題、いわゆるお金の大小、そんなに問題ありますかね、テレビばっかり出てる議員の問題だとかね。そんなものをやっぱり見ていかんとならんと。
 明治生まれの政治家というものには、共通の感性があったんですよ。共産党でも自民党でもやっぱり、社会をどうするかということを考えてたんですよ。大正時代になって田中角栄さん、宮澤さん、中曽根さんだって、おんなじ世代ですよ。大正6、7年に生まれている。感性が違うんですよ。
 中曽根さんはねえ、自分の利益に対してロイヤリティーを持ってるんですね。それから田中角栄さんは鈴木先生と一緒なんですが、体臭、って言いますか、闘志、って言いますか、もうちょっと大げさに言えば、地霊ですね、先祖代々の、そういうものに対する。
 
 佐藤 地縛霊みたいなもんですか、
 
 平野 地縛霊とはちょっと違うんですね。あの、そういうものに対する野心を持っている。それから宮澤喜一っていうのはね、大正デモクラシーにロイヤリティーを持ってるんですよ。だからそういうものがわかってりゃいいんですけどね、最近の政治家っていうのは、そういう感性っていうのが全く、政治に感性なんか「はぁ?」っていう感じでね。
 ええとにかくまああの、答えにならないんですが、その新型インフルエンザというのは毒性がなくてほっとしてるんですが、我が国にあるインフルエンザは「偏差値型インフルエンザ」っていうのは、猛毒を持ってましてね。これが官僚、特に検察、財務、国会議員にもいますしね、新聞記者にもいるんですよ。こういう人たちが結局、点数でもってしか評価を考えられませんからね。心の中身まで考えられませんからね。そこら辺をやっぱり、大体僕は明治のはじめの理想主義と言いますか、日本の近代国家をつくる時に、どういう思想、どういう哲学を参考にしていこうかと。もう一回そういう日本の近代化の原点に返って、理想主義的なことをみんなが学ぶというのが、ある意味で責任感を持つということではないかと思っておりますが。
 
 佐藤 わかりました。
 
 宮崎 いいですか。さっき香山さんがおっしゃった、権利の問題についてね、まあこの「フォーラム神保町」をつくったひとつの理由でもあるんですけども、まあメディアのあり方だとか、メディアがこう、政府とかその辺をウォッチする役割があるとかどうのこうのとかいう話は、もうやめてですね、僕自身の問題で言えば、ポピュリズムが起こったわけですよ、現にね。このポピュリズムに我々、ポピュリズムで対抗しようとしたんではないか。だからポピュリズムのツールを沢山持ってる相手の方が、当然大きなポピュリズムを起こすことができるわけですから、それによって負けたのではないか。つまり発生したポピュリズムに対して、我々はポピュリズムで対抗しようとしたのではないか。そこが我々の間違いではないのかなということが、このところ考えに至っているわけなんですね。だからいみじくもですね、おかしな現象が起こりまして、佐藤さんや魚住君や私などはもう、できる限りテレビと付き合うのはやめようと。まあそういう風な最低限の矜持というものを示していこうという風に。あの小泉のポピュリズムの時を受けてのいまの気持ちというものに、こう収斂していってるんですね。まああのう、それが正しいのかどうかわからないところなんだけども。ただ、今のテレビ、とりわけ民放のあり方っていうのは、リーマンショック以降の経済的な影響も受けてですね、番組の質がもの凄い勢いで劣化していってます。だからそういう中で、ポピュリズム的なものを一点集中的、集中豪雨的報道というような問題意識しかですね、持ち得ない放送制作者が多くなってきているのも事実だと思うんですね。まあ、僕はそういう風に思ってるんですね。
 
 佐藤 魚住さん、その点どうでしょうか。
 
 魚住 まあ、全くその通りだと思います。あのう、これは新聞もテレビも非常に似た構造があって、新聞もテレビもですね、日本全国津々浦々の、おじいちゃんから小さい子供まで見られる、あるいは読める新聞、あるいはテレビというものを目指すわけですね。それはなぜかと言うと、広告の媒体として、効率が一番いいからなんですけども、ですからメディアの中の価値観というのができあがってくるんですね。産経でも朝日でも、読売新聞でも毎日新聞でもそうなんですけれども、あるいはテレビ朝日でもTBSでもそうなんですけれども、みんなその、共通の価値観をですね、作り上げてしまうんです。
 そうすると例えば、のりピー現象みたいなことが起きると、のりピーをやると視聴率が取れる。あるいは新聞だと、例えば小泉さんだとかの話とかと一緒なんですけど、共通の価値観のようなものをみんな持って、おんなじ行動をするんですね。
 例えば何か事件が起きますね。そうすると新聞記者なんか5年もやってると、ある事件の一報を聞くとですね、翌日の朝刊の紙面がどういう風な、一面にこういう記事が来て、社会面にこういうのが来て、というのがパッと浮かぶようになるんです。それは産経も読売も朝日も、みんな一緒なんです。だから、自分の頭の中に浮かぶ紙面から逆算して、自分たちの報道を決めるんですね。例えば和歌山カレー事件なんかで、メディアスクラムが問題になるのは、その共通の価値観をみんな持っちゃうからなんですね。
 僕はメディアが良くなるためには、共通の価値観というものを、いっぺんバラバラにしなきゃいけないと思ってるんです。だけどこれはものすごく画一的な価値観で、それを打破するって結構難しいんですね。難しいから僕は嫌になっちゃって、共同通信ってとこ辞めた、ってとこあるんですけど、その、なんて言うんですかね、先程の地縛霊じゃないですけども、何ともわけのわからない共通の価値観みたいなものに、こうメディアが動かされていく状況っていうのは、凄く恐ろしいなという風に、ちょっとうまく言えませんけど、そういう風に思ってます。
 
 佐藤 だから、その点について僕が思うのは、テレビのスイッチを切る勇気って、凄く大事だと思うんですよね。のりピーのことを過剰に知る必要はないんです。それはみんなわかってるんです。しかしそれを見てしまったら、関心ができちゃう。だから切る勇気。それからあともう一つ。本を読むことです。歴史の本を読むこと。
 過去に必ずのりピーの件にしても、似たような例はある。そういう時に時代がどうなってるかということなんです。あとはもう一つ、共通の価値観、共通の、均質の価値観というのは、最後はみなさん、必ずカネになります。すべてがカネで換算できるということになります。例えばのりピーのところで言えば視聴率。視聴率がつけばどれぐらいスポンサーがついて、一分あたりどれぐらいのカネになるか。
 あとみなさん、介護保険なんかも怖いですよ。介護保険って、全部点数ついてるじゃないですか。その点数にお金を掛け合わせてもいいわけでしょ。そうすると、「お母さん、今日掃除のお手伝いしたから」あるいはお風呂洗ったからと千円くれとか5百円くれとか。そこのところから、家事労働に関する市場が、貨幣価値がついてくという役割がついてるんですね。
 一元的な支配は何かって言ったら、すべてをカネに換算できるということだと思うんです。そうすると、カネにならない人間の心であるとか、思いやりとか、こういうことは価値の外ということになっちゃう。これ、すごい深刻な話なんですよね。
 さて、えーと(以降質問コーナーへ続く)



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Posted by 北方ジャーナル at 16:03│Comments(0)政治経済
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 昭和47年(1972年)創刊。生活者の視点と取材を重視する編集方針を創刊以来のポリシーとし、05年11月からは有限会社Re Studio(リ・スタジオ)が発行。道内有名書店などで毎月15日前後に発売。購読の申し込みや問い合わせ、情報提供などはサイドバーにある「編集部へメッセージ」からどうぞ。
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