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2009年07月07日

3歳までの育てられ方に鍵がある



田下昌明氏の「今こそ育児を見つめ直そう」(第4回)

※前回記事はコチラ
※この記事は北方ジャーナル2009年1月号に掲載されたものを再構成したものです。


◆“スポック本”の呪縛◆

 ──田下さんの育児論は、ローレンツ(※注)、そしてボウルビィ(※注)の理論を土台に展開されていると思いますが、スポック博士(※注)の育児書が流行った当時は彼らの理論というのは注目されなかったのですか。

田下「ローレンツが動物と人間におけるインプリンティング(刷り込み)の理論を確立したのがスポックの本が流行する30年も前の1935年で非常に画期的な論文だったのですが、発表された当時は受け入れられなかったんです。その後、ローレンツの論文は学者の間で認められるようになりましたが、“スポック本”が出た頃はまだ一般に知られていませんでした。ローレンツが確立した動物行動学に精神分析学と制御説を統合した『愛着理論』によって母子関係の真理に辿り着いたボウルビィの愛着行動制御説も69年から80年までとだいぶ時間をかけながら3部に分けて刊行されました。ボウルビィの理論が世に出た時期というのは、スポック本が世界中で大流行となり、そのスポックの育児法が一般に浸透する期間に相当します」

 ──専門家には評価されていてもタイミングの問題もあって、一般に広く受け入れられたのはスポック本だったというのは不幸な話ですね。しかし、その後もスポックの影響力はまだまだ残っているように思います。

田下「スポック本は現在『最新版 スポック博士の育児書』(初版97年)と改題されて出版されていて、その内容もかなり変更が加えられています。たとえば、『母乳の出が悪いときは、ビールを飲むなりタバコをふかすなり、何でもやってみなさい』とか、『2歳くらいでどうしても両親のベッドに来たがる子にはバドミントンのネットを買って来て、それを子供のベッドに張って子供を縛り付けてしまいなさい』などというさすがに問題が大き過ぎる部分はカットされているんです。でも『赤ちゃんは生後6カ月くらいになると本能的に親から離れたがる』という間違った意見や、『男と女の違いを強調する必要はない』、『育児ばかりには集中できない。親だって人間』、『男の子には友達のような父親が必要』などといった問題のある記述は残っており、全体として最初に出たスポック本同様に〝結局は両親が本能的にやりたいと思う方法が、一番いい〟という考えが基調になっています」

 ──本能的に育児ができるなら、さきほど田下さんがおっしゃっていた「育児は経験によって成り立っている、世代間で伝達される」という話とはまったく違うものですね。

田下「戦後60年、日本はデューイとスポックの呪縛から逃れることができていません。いまだに間違った指導がまかり通っているんですよ」

 ──さきほど、ちらっとローレンツとボウルビィの理論の話が出ましたが、まずはローレンツのインプリンティング(刷り込み)の理論について解説してもらえませんか。

田下「インプリンティングの本質を一言でいうと、子が『自分を守ってくれるのは誰なのか』ということを、親が『どの個体を自分は守らなければならないのか』ということを互いに確認し合うことなんです。インプリンティングはローレンツが動物の持つ遺伝的な行動の研究を通して確立した理論なんですが、この理論が人間の場合にもたくさんあてはまることが分かっていてボウルビィの愛着理論の基礎になっています。インプリンティングは学習とか記憶というものとはまったく異質のもので、もともと備わっているシステムがある刺激によってスイッチが入り作動し始めるようなものといえます。たとえば、ニワトリのヒナが孵化したときに、ヒナは最初に音のするものを親と思います。だから卵が孵ったときに、親鳥が鳴かずに近くにいた犬がワンと吠えるとヒナは犬を親と思ってしまうということが起きるんです。鶏の場合、インプンリンティングは数秒で行なわれますが、動物によってその期間は違います」

 ──人間の場合はインプリンティングに要する期間はどれくらいになるのですか。

田下「生後6週目くらいから始まって、6カ月あたりまで。だいたい人見知りが始まったらインプリンティングは終わったと考えていいようです。インプリンティングで重要なことは、一度刷り込まれたことはもう二度とやり直しがきかないということ。だから『みにくいアヒルの子』のようなことは絶対にあり得ない。白鳥の子でもひとたびアヒルに育てられたら、いくら図体が大きくなって『お前は白鳥の子なんだぞ』と説得しても、本人はアヒルであることから抜け出せないんです。あの童話は非常に良い物語で、ぜひ子供たちに読み聞かせてほしいと思いますが、そういう意味ではあの童話は〝間違った〟物語なんですね」

◆生後6カ月間で刷り込み◆

 ──“狼少女”の場合は、狼としてインプリンティングされたために、いくら人間社会で保護されても、結局は狼として死んでしまったということですね。

田下「それとは全く逆の例もあるんです。19世紀に王位継承争いに巻き込まれたカスパー・ハウザーという人は、真っ暗で座るのが精一杯というようなひどい場所に3歳のときから10年以上も閉じ込められました。パンと水だけの食事を与えられて。それがある日突然救い出されたのですが、彼はそのとき立つこともできず、言葉もろくにしゃべれなかったんです。しかし、個人教授がついて教育を受けるようになると、たった1年で会話の力がみるみる上達し、翌年には回顧録まで書いてます」

 ──狼少女とはあまりに違う。

田下「3歳までの育てられ方に鍵があるんです。彼女は8歳まで狼に育てられた。でも、カスパーは3歳までは人間として育てられた。つまり人間としてのインプリンティングを受けていたんです。だから、地下牢で人の姿も見えないような悲惨な生活を10年以上続けても“人間であること”は決して忘れなかったんですね」

 ──赤ちゃんが「ああボクは人間なんだ」と理解することと、「自分はこの子を守る親なんだ」と認識するインプリンティングが行なわれるのがだいたい6カ月くらいまでと。その後にボウルビィが理論として確立した愛着行動が見られるんですよね。

田下「インプリンティングが不足なく終了することによって母子の一体感が成立し、今度は次の段階であるアタッチメント(愛着行動)のスイッチが入ります。アタッチメントのシステムは、ほとんどすべての動物に共通するもので、たとえば、カモやガチョウのヒナは母鳥の後をチョコチョコ追いかけますよね。これは自分が決めた愛着対象に近づこうとする行動で、幼くて弱い自分を敵から守ってもらおうという動物としての基本的な行動です。これが愛着行動の最も重要な目的なんです。動物の子はほとんど、生まれてすぐ歩き回ることができます。すると、インプリンティングによる親子の確認をすぐに成立させないと子供を守れない。だから、動物のインプリンティングは、生まれて数秒とか数分で終了するんです。でも、人間は動物と違って生まれてすぐには動き回れませんよね」

 ──首がすわって、ハイハイして動けるようになるまで半年くらいかかりますね。ちょうど人見知りが始まる頃まででしょうか。

田下「だから、人間の赤ちゃんは自分で移動できるようになるまでの6カ月という長い期間、インプリンティングが完了しないんです。人間の場合は、それだけの時間が必要なんですね。そして、人見知りが始まった頃から赤ちゃんのアタッチメント・システムにスイッチが入ります。人間の愛着行動も動物と本質的には同じで、子育てというものは子供をあらゆる危険から守るということから始まるんです。ただ、ここで重要なのは赤ちゃんは動物と同様、生まれながらにしてアタッチメントのシステムを持っているんですが、そのスイッチを入れるにはインプリンティングがそれまでにしっかりできていなければいけないんです」


(つづく)

※この記事は北方ジャーナル2009年1月号に掲載されたものを再構成したものです。

(※注)
コンラート・ローレンツ(1903─1989)
オーストリアの動物行動学者。インプリンティング(刷り込み)の発見者で近代動物行動学を確立した人物として知られる。刷り込み現象の発見は、自らハイイロガンのヒナに母親と間違われたことに端を発したもの。

ジョン・ボウルビィ(1907─1990)
イギリスの医師、精神分析家、さらに母子間の絆研究の開拓者として知られる。第二次大戦後のイタリアで孤児院などに収容された戦災孤児の発達不全、罹患率、死亡率が問題となり、ボウルビィはその調査に携わった。51年、母親による世話と幼児の心的な健康の関連性についての論文を発表。これは親を失った子供たちへのWHOの福祉プログラムの根幹となった。58年には母と子の間にある生物学的な絆のシステムについて研究をまとめ、69年に『母子関係の理論』を出版。園中で新生児が最も親しい人を奪われ、不安定な新しい環境に移された場合に起きる発達の遅れや罹患率の上昇などを総称して「母性的養育の喪失」という言葉を使った。その言葉は、幼児に関わる専門職種の養成教育で必ずといっていいほど聞かされるものとなっている。

ベンジャミン・スポック(1903─1998)
アメリカの小児科医でベトナム戦争に反対し平和運動家としても活動した。46年に刊行(日本語訳は66年)した『スポック博士の育児書』は世界的ベストセラーのひとつに数えられる。42カ国語で翻訳され、世界中で5000万冊販売され聖書の次に売れた本とも言われている。母親への革新的メッセージである「自分を信じてください。あなたは自分が考えるよりはるかに多くのことを知っているのです」が有名。72年に人民党候補として大統領選挙に立候補したが落選している。


<田下昌明氏 プロフィール>
たしも・まさあき   1937年、旭川市生まれ。医学博士。医療法人歓生会豊岡中央病院会長。北海道大学医学部卒、同大大学院修了。日本小児科学会認定小児科専門医、日本小児科医会「子どもの心相談医」、日本児童青年精神医学会会員、日本家庭教育学会理事、北海道小児科医会理事





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