2009年07月02日
第2回『性欲』
エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
※この記事は北方ジャーナル2007年6月号に掲載されたものです。
前回記事はコチラ。夏井氏のインタビュー記事はコチラ。
◆障害者の「性」◆
先日「障害者の性」について取材を受けた。
どこかの大学の教授が、障害者や高齢者などさまざまな制約を受けて生活している人たちの「性」について調査を行なっているらしく、その一例として私に声がかかったようなのだ。
障害者に限らず、とかく「性」にまつわる話題はあまり大きな声で語られることがない。今このコラムを読んでいる読者の中にも、この何行かを読んだだけで眉をひそめる人がいるだろう。世間一般がこういう状態だから、日頃あまり目にすることがない障害者の性の問題など、タブー中のタブーなのだ。大学の教授が調査研究の対象に選んだことからしても、それがいかに陽の当たらない話題であったかが分かる。
以前、著名な障害者の女性が「障害者の性について語れる人がいない」と嘆いていたが、少し前まで「同情の対象」としてしか世の中に知られておらず、人里離れた山奥の施設や親元などで隠れるように生きてきた重度の障害者には『性欲』を主張することなど許されなかったことだろう。
◆所詮男ですから…◆
スケベな中年男を自負している私には、当然の如く人並みの性欲がある。身体に障害があるとはいってもその点は何ら健常者と変わりない。AVやストリップを見れば興奮するし、キャバクラやソープなどの風俗店もよく利用する。ことの善し悪しはともかく、性欲があり、それを充たそうとすることはごく自然な行動だろう。実際私もススキノの風俗店には数え切れないほど世話になっている。登山家は、山に登る理由を問われると「そこに山があるから」というが、同じように私も「そこに風俗店があるから」利用してみたくなるのである。健全な男性であれば当然のことだろう。
しかしここでも、「障害者」として避けて通れない障壁がある。
結論からいうと、これらの風俗店は車イスの客が利用することを想定していない。店の構造上、車イスでの利用が不可能な場合もあるのだが、仮に利用できる造りであったとしても即OKとならないところが曲者である。風俗業界には、働く女性の安全確保やトラブル回避のために、受付段階で怪しいと思った客に対して入店を拒否できるという便利な『決まりごと』があるらしい。たとえ私がその店にとって優良で模範的な客であり、サービスを受けるにあたって何ら支障をきたさなかったとしても、受付の店員が私の車イスを見て「面倒くさい」と思えば入店を拒否しても良い、ということになるのだ。実際私もこれまで多くの風俗店で入店拒否に遭い、その都度「欲求不満」になることを繰り返してきた。欲求を発散しに行って欲求が募っていくのだから、なんとも切ない話である。
それでも、ごく稀に快く入店させてくれる店に出逢えることがある。私が未だにススキノから離れず、時間と財布の中身と体力に余裕があるとこれらの店を廻ることにしているのは、心身ともに充たしてくれる店や人に出逢えた時の感動が忘れられないからである。
◆いろいろ苦労しました◆
ススキノに引っ越して間もないころ、道端で配られていたポケットティッシュの広告で、新しいファッションヘルスの店がオープンすることを知り、早速友人と偵察に行った。
もともと川崎市にある風俗店の姉妹店としてオープンしたその店は、車イスの私も快く入店させてくれる「稀な店」で、当然の如く頻繁に利用するようになった。
当時私が住んでいたマンションの目と鼻の先にあるその店は、とても利用しやすかったのだが、ただ一つ、ビルの入り口にたった一段の段差があるのが難点で、ビルに入る時はいつも入り口の脇の管理人室らしきところにいる年配の男性に声をかけ、車イスごと段差を上げてもらわなくてはならなかった。年配の男性は、私が訪ねるたびに息を切らせて車イスと格闘することになったのである。
普段私が乗っている電動式の車イスというのは、バッテリーやモーターを積んでいるためとても重く、私の体重と合わせると百三十キロを優に超える。たった一段の段差を上げるだけでも、結構な労力を要するのだ。ましてや定年を過ぎた年配の男性にとっては、さぞきつかったろう。
ある時男性はビルの脇に置いてあった木の板を持ち出し、即席のスロープをつけるようになった。はじめの何度かはそれで良かったのだが、所詮は木の板である。百三十キロ超の重量にそう何度も耐えられるわけもなく、何度目かでまっぷたつに割れてしまった。すると間もなく代わりの、今度は即席ではない鉄製の立派なスロープが設置された。以来私は誰に手を借りることもなく、自由に出入りできるようになったのだ。間もなくその管理人室らしき部屋は閉鎖され、そこにいた男性と逢うこともなくなったが、今でもそのスロープを見ると彼の困った表情が思い出される。いつかあのビルが取り壊される時には是非スロープを引き取り、記念の品として我が家に飾っておきたいものだ。
それはともかく、こうして自由に利用できるビルが出来た私は、それまでにも増してよくその風俗店を利用するようになった。そうしてしばらくすると、同じビルにある他系列の店にも行ってみたくなる。で、ある時行ってみた。
◆最悪の夜◆
いくつかある店の中から好みのおネェちゃんが多くいそうな、なおかつ入りやすそうな店を選び入店、受付で「利用可」を確認し、料金を払って待合室へ通される。
平日の深夜だったせいか待合室には誰もおらず、順番からいくと次に呼ばれるのは間違いなく私のハズなのだが、いくら待っても一向に呼ばれる気配がない。一時間ほど待った後、受付に行って確認すると「もう少々お待ち下さい」の一点張り。既に料金を払っていたため引くに引けず、さらに一時間ほど待ったころ、いかつい顔をした男性が待合室に入ってきていきなり入店を断られた。その店の店長らしいその男性としばらくやり合ったが埒があかず、仕方なく料金を返還してもらっていつもの店に行こうとするも、既に午前零時を過ぎていて閉店。その日はいくつもの欲求不満を抱えたまま帰宅することとなった。
他にも、シャワーだけ浴びせられてサービスを一切受けずに追い出されたり、「何かのバツゲームだろうか?」と真剣に思うほどひどい子にあたったりと、風俗店ではいろいろ苦い思いをした。これら全てが「障害者だから」ということで受けた扱いではないにしろ、他の客とは「異なる者」と見られていたのは間違いないだろう。そうと分かっていながら懲りずについ行ってしまうのが悲しい男の性なのだが。
いつか私の風俗体験記をまとめてみると面白いかもしれない。それにはまだまだ多くの苦い思いをしなければならないのだろうが…。
(つづく)
<Profile>
夏井 功(なつい・いさお)
1968年、東京都千代田区生まれ。脳性麻痺で身体障害1種1級。高等養護学校を卒業後、施設生活、親元での生活を経て、20歳代半ばから一人暮らし。30歳代前半の3年間を札幌・ススキノ地区で過ごし、同地区内のバリアフリー化に尽力。結婚を機に豊平区に移転するも、のち再び独身となり、現在もたびたび電動車イスでススキノに出没している。1女の父
※この記事は北方ジャーナル2007年6月号に掲載されたものです。
スケベな中年男を自負している私には、当然の如く人並みの性欲がある。身体に障害があるとはいってもその点は何ら健常者と変わりない。AVやストリップを見れば興奮するし、キャバクラやソープなどの風俗店もよく利用する。ことの善し悪しはともかく、性欲があり、それを充たそうとすることはごく自然な行動だろう。実際私もススキノの風俗店には数え切れないほど世話になっている。登山家は、山に登る理由を問われると「そこに山があるから」というが、同じように私も「そこに風俗店があるから」利用してみたくなるのである。健全な男性であれば当然のことだろう。
しかしここでも、「障害者」として避けて通れない障壁がある。
結論からいうと、これらの風俗店は車イスの客が利用することを想定していない。店の構造上、車イスでの利用が不可能な場合もあるのだが、仮に利用できる造りであったとしても即OKとならないところが曲者である。風俗業界には、働く女性の安全確保やトラブル回避のために、受付段階で怪しいと思った客に対して入店を拒否できるという便利な『決まりごと』があるらしい。たとえ私がその店にとって優良で模範的な客であり、サービスを受けるにあたって何ら支障をきたさなかったとしても、受付の店員が私の車イスを見て「面倒くさい」と思えば入店を拒否しても良い、ということになるのだ。実際私もこれまで多くの風俗店で入店拒否に遭い、その都度「欲求不満」になることを繰り返してきた。欲求を発散しに行って欲求が募っていくのだから、なんとも切ない話である。
それでも、ごく稀に快く入店させてくれる店に出逢えることがある。私が未だにススキノから離れず、時間と財布の中身と体力に余裕があるとこれらの店を廻ることにしているのは、心身ともに充たしてくれる店や人に出逢えた時の感動が忘れられないからである。
◆いろいろ苦労しました◆
ススキノに引っ越して間もないころ、道端で配られていたポケットティッシュの広告で、新しいファッションヘルスの店がオープンすることを知り、早速友人と偵察に行った。
もともと川崎市にある風俗店の姉妹店としてオープンしたその店は、車イスの私も快く入店させてくれる「稀な店」で、当然の如く頻繁に利用するようになった。
当時私が住んでいたマンションの目と鼻の先にあるその店は、とても利用しやすかったのだが、ただ一つ、ビルの入り口にたった一段の段差があるのが難点で、ビルに入る時はいつも入り口の脇の管理人室らしきところにいる年配の男性に声をかけ、車イスごと段差を上げてもらわなくてはならなかった。年配の男性は、私が訪ねるたびに息を切らせて車イスと格闘することになったのである。
普段私が乗っている電動式の車イスというのは、バッテリーやモーターを積んでいるためとても重く、私の体重と合わせると百三十キロを優に超える。たった一段の段差を上げるだけでも、結構な労力を要するのだ。ましてや定年を過ぎた年配の男性にとっては、さぞきつかったろう。
ある時男性はビルの脇に置いてあった木の板を持ち出し、即席のスロープをつけるようになった。はじめの何度かはそれで良かったのだが、所詮は木の板である。百三十キロ超の重量にそう何度も耐えられるわけもなく、何度目かでまっぷたつに割れてしまった。すると間もなく代わりの、今度は即席ではない鉄製の立派なスロープが設置された。以来私は誰に手を借りることもなく、自由に出入りできるようになったのだ。間もなくその管理人室らしき部屋は閉鎖され、そこにいた男性と逢うこともなくなったが、今でもそのスロープを見ると彼の困った表情が思い出される。いつかあのビルが取り壊される時には是非スロープを引き取り、記念の品として我が家に飾っておきたいものだ。
それはともかく、こうして自由に利用できるビルが出来た私は、それまでにも増してよくその風俗店を利用するようになった。そうしてしばらくすると、同じビルにある他系列の店にも行ってみたくなる。で、ある時行ってみた。
◆最悪の夜◆
いくつかある店の中から好みのおネェちゃんが多くいそうな、なおかつ入りやすそうな店を選び入店、受付で「利用可」を確認し、料金を払って待合室へ通される。
平日の深夜だったせいか待合室には誰もおらず、順番からいくと次に呼ばれるのは間違いなく私のハズなのだが、いくら待っても一向に呼ばれる気配がない。一時間ほど待った後、受付に行って確認すると「もう少々お待ち下さい」の一点張り。既に料金を払っていたため引くに引けず、さらに一時間ほど待ったころ、いかつい顔をした男性が待合室に入ってきていきなり入店を断られた。その店の店長らしいその男性としばらくやり合ったが埒があかず、仕方なく料金を返還してもらっていつもの店に行こうとするも、既に午前零時を過ぎていて閉店。その日はいくつもの欲求不満を抱えたまま帰宅することとなった。
他にも、シャワーだけ浴びせられてサービスを一切受けずに追い出されたり、「何かのバツゲームだろうか?」と真剣に思うほどひどい子にあたったりと、風俗店ではいろいろ苦い思いをした。これら全てが「障害者だから」ということで受けた扱いではないにしろ、他の客とは「異なる者」と見られていたのは間違いないだろう。そうと分かっていながら懲りずについ行ってしまうのが悲しい男の性なのだが。
いつか私の風俗体験記をまとめてみると面白いかもしれない。それにはまだまだ多くの苦い思いをしなければならないのだろうが…。
(つづく)
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夏井 功(なつい・いさお)
1968年、東京都千代田区生まれ。脳性麻痺で身体障害1種1級。高等養護学校を卒業後、施設生活、親元での生活を経て、20歳代半ばから一人暮らし。30歳代前半の3年間を札幌・ススキノ地区で過ごし、同地区内のバリアフリー化に尽力。結婚を機に豊平区に移転するも、のち再び独身となり、現在もたびたび電動車イスでススキノに出没している。1女の父
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Posted by 北方ジャーナル at 13:48│Comments(0)
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