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2009年06月03日

「私まだ一度も客引きに捕まったことないんですよ」

「私まだ一度も客引きに捕まったことないんですよ」
エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
(前回の記事はコチラ)

■客引きからも客扱いされない身の寂しさ


  ――すすきの観光協会とは、縁があったりしませんか。
「一度、お寺のイベントに参加させて貰ったような気がしますね。ほら、南六条のとこにお寺あるじゃないですか」
  ――すすきの祭りじゃなくて?
「それとは違うな。『あずましい会』の主催かなんかで。当時、たまたま札幌で障害者の世界大会があったんですよ」
  ――DPI(第6回障害者インターナショナル世界会議札幌大会)ね。二〇〇二年の夏だ。
「その動きの中で、何度か中島公園の清掃とか、小規模作業所の出店とか。そのぐらいですね」
  ――じゃあ、観光協会についてはあんまり詳しくない。
「知らないんですよ」

  ――ま、地元の街づくりに取り組んでるというのかな、そういう、昔からある事業者の団体なんですけど、夏井さん的にはどうですか。歓楽街としてのススキノは、客としての障害者を積極的に受け入れてると言える?
「結論から言うと、まだ不充分だと思う。まさにわれわれも『客』なんだっていうこと。そのことに、まだ気づいてもらってないような気がする。億万長者だろうと年金生活者だろうと、健常者だろうと障害者だろうと、客であることに変わりはないと思うんですよ。だから『車イスを受け入れてくれ』っていうのではなくて、ごくシンプルに『ここにビジネスがあるじゃないか』と。一万円のヘルスに行った車イスがその店に友達十人誘ったら、そこで十万円の売り上げが発生するんですよ」
  ――ですよね。払う金は同じだもの。
「こういうことって口コミで拡がっていきますから。全体がどのぐらいの数になるのかはわからないけど、キャパとして無視できないんじゃないかと思いますよ。北海道って観光地じゃないですか。その観光オプションの中に時計台があったりジンギスカンがあったりするわけでしょう。当然ススキノも重要なオプションのひとつですよね」

  ――非常に大きなオプションですよ。
「その大きなオプションが、まだ車イスに充分対応できてない。別件で調べたことあるんですけど、『二〇〇七年問題』ってありましたよね。パック旅行よりも個人旅行が増えてきて、定年後の皆さんが個人で遊びに出歩くようになると。彼らが高齢になっていくと、当然杖を突いたり車イスに乗ったりすることが多くなる。風俗とはいかないまでも、元気なジイさんだったらニュークラぐらい行くだろう。スナックだって行くだろう。そこに、ビジネスチャンスがあるじゃないかって」
  ――そう、ありますよね。それこそ口コミで拡がったら、もっともっと呼べる。一般客の声は、いい評判も悪い評判もあっという間に拡がるから。
「たとえば、近所に美味しいレストランができたと。友達に『ここ、いい店だから』って教えますよね。私がススキノに来て一番ショックだったのは、それができないことだった」
  ――行きつけの所ができてからは、誘えたんじゃないの。
「できてから、ですよね。最初のころは、それこそ入店拒否の連続ですから。紹介どころか、自分が入店できない。DPIの時なんか、参加者が何人ぐらいススキノで飲んだのかはよくわからないけど、それでも全世界から三千人集まったんですよ。そういう立場の、これからも増えてくるであろうお客さんたちが充分にススキノを楽しめないとしたら、これは北海道にとってすごいマイナスですよ」

  ――やっぱり、意識改革が危急の課題なのかな。
「そうですね。視点の改革というか。象徴的なことを言うと、私まだ一度も客引きに捕まったことないんですよ。十年間遊んでて、一回もない。彼らの視野に入ってないんですね」
  ――客として見られてない。
「遊ぶと思われてないんですよ。『ああいう車イスはめんどくさいからいいや』みたいな。『どうせニュークラなんか来ないだろう』って感じで」
  ――バリバリ行ってるのに。
「ま、別に客引きに声掛けられたいわけじゃないんですけど」

「私まだ一度も客引きに捕まったことないんですよ」

■気がつけば「ススキノの父」 障害者はビジネスチャンス


  ――さっきスロープの話がありましたけど、構造上のちょっとした工夫でなんとかなることって、けっこう多いんですよね。
「たぶん、ススキノで働いてる人たちの意識の中に『車イスの人は車イス用トイレしか使えない』とか『階段ある所には入れない』とか、そういう思い込みがあると思うんですよ」
  ――あるでしょうね。
「『そうじゃないんですよ』っていうことをどう周知していくか。これは、それこそわれわれの役目なんですけれども」
  ――今の、そのトイレの件でいうと?
「コラムにも一度書いたんですけど、私の場合は車イス用トイレじゃなくても大丈夫なんです。間口の広さが確保できていれば、だいたいOK。それと、こんだけ長くススキノ通ってたら“馴染みのトイレ”みたいなのもできてくるわけで、その場所さえチェックしてればどこで飲んでも問題ない」
  ――そのへんはぬかりなく確保してるんだ。
「あと、ある友人なんかはペットボトル持ち歩いてて、小さいほうはそれで足してる。いきなり看板の陰に隠れてこそこそやってるから『何やってんの』って訊いたら『小便』って。で、終わったら排水溝に流すと。これ、まずいかな」
  ――いや、直接下水道に流してるんだから(笑)、立ち小便とは違うと思うけど。
「ある飲み屋さんで『トイレないから』って入店断られかけたことがあって、その時も『あるから大丈夫です』って」
  ――店が思ってる以上に、こっちは問題なく遊べるんだと。
「だから、ほんとにちょっとした工夫ですよね。改装するにしても、ちょっとカウンターの位置を下げるだけでずいぶん違う。車イスも、そうでない人も、両方飲める。出入り口の幅をほんの十センチ拡げるだけで、それまで入れなかった人が入れるようになる」

  ――なるほど。ハード面をほんの少し工夫するだけでかなり違う。ソフトはどうですか。さっきの意識改革とも繋がってくるのかもしれないけど。
「総体的に言って、歓楽街の中では“人がいい”街だと思いますよ。もちろん、偏見や差別はまだいくらかあると思うけど、少なくとも安全ではありますよね。十年歩いてて、酔っ払いにからまれたことは何回もあるけど、襲われたことは一回もないですから。引ったくりとかに遭ったこともないし、殴りかかられたことすらない」
  ――よく「女性が一人で歩ける歓楽街」って言いますよね。
「そうなんですよ。私なんか一人で歌舞伎町歩いたら絶対生きて帰れないと思う(笑)。前に一回歩いてみたことはあるんですけどね。その時は逆に“引かれて”なんにもなかったけど。アメリカ行った時もそうだったな」
  ――ススキノについては、そういう心配さえない。
「だからこそ、もったいないなと思うんですよね。ここまで治安が守られてるのに、キャパを充分に活かしきってない。これが歌舞伎町だったら、『行かないほうがいいよ』って言ってるかもしれません。しかし、ススキノなら誰にでも勧められる。なのに、なかなか間口が拡がらない。で、行ったことない奴は『恐いから』って言うんですよ。行ってみれば恐くもなんともないのに、知らないからそういう印象だけが一人歩きしちゃって」
  ――ほんとにもったいないですよね。夏井さんのように、ちょっとしたきっかけがあればハマるのに。
「だから、おそらく先ほどの観光協会、そういう所に何か役割があるとしたら、こういう需要もあるんだということをきちんと把握して、それをもっと打ち出して個々のビジネスに繋げ、ひいては全体の活性化に繋げていくことなんじゃないかと」

  ――なるほど。おれたちをもっと活用せよと。…最近は、個人的にはどうですか。ヌキ系よりもニュークラ、ラウンジ的なほうが旬なの?
「ええと、どっちも大事にしてます。先月号にも書いたんですけど、とにかくススキノのいろんなお店にいる人たちに会うのが面白くてしょうがないんですよ。そういうとこで働いてる人の話を聴くのが、最近また面白くなってきた。こないだも、お金払っといてろくに飲まずに延々と女の子の相談に乗ってたし」
  ――おれはカウンセラーかと。ススキノの人生相談係じゃないんだぞと。
「そう、こうなったらもう“新宿の母”ならぬ『ススキノの父』目指そうかな」



『夜を駈ける車イス』拡大版ともいうべきロングインタビューは、たまたま電動車イスという珍しいアイテムを持っていた一人のススキノファンが、その来し方を振り返りつつ“ふるさと”へ提言を寄せる場となった。

「店舗情報の中に、たまに『障害者対応可能』というような広告があるんです。初めて見た時は『おおっ!』と思ったけど、考えてみたら当たり前ですよね、誰でも入れるのなんて。お店なんだから」

陽の当たる所で「障害者の権利を!」と主張するのではなく、ネオンの歓楽街で「おれたちも遊ばせろ!」と叫ぶ。こんな健全な訴えを商売人が黙殺する理由は、どこにもない。

ススキノの皆さん、せっかくだから彼らをターゲットに新しいパイを開拓してみませんか。ゆくゆくは割引き制度なども設けて、「重複障害は30%OFF」とか。おっと、我らが夏井功が「『北方ジャーナル』のツケで」なんて言いながら現われても、くれぐれも真に受けないできっちり現金回収してくださるよう。いやほんと、ここだけの話、ひと晩でコラムの原稿料の倍以上ススキノに使うって、ちょっと洒落にならないんですから…。

(了)

※この記事は『北方ジャーナル2008年2月号』に掲載されたものです。


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