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2008年10月20日

「亡国か再生か」──分水嶺に立つ日本(最終回)

「亡国か再生か」──分水嶺に立つ日本(最終回)「亡国再生」シリーズ(最終回・その5)である。本稿は、まもなく始まるであろう総選挙が我が国にとってどのような意味を持っているかを、小泉政権以後の内政・外交の流れを踏まえて検証した拙稿「視点──選択の08年」(発売中の11月号に収録)のテキストをテーマごとにアップし、前後に論評を加える形をとっている。

 最終回の今回は、小泉政権以降に声高に叫ばれた「構造改革」に目を向ける同時に一次産業分野にも触れる。まず、小泉の構造改革については、次のように先の拙稿で書いた。

【構造改革の本質は弱者から強者への所得移転か】

 このように、ここ数年の内外の動きを少しばかり見渡しただけでも、現在の政局は、今世紀はじめから推し進められてきた大きなうねりの延長線に位置していることが見えてくる。

 いずれも短命だった安倍政権と福田政権の破綻は、もともとこの"うねり"に潜んでいたリスクと問題が顕在化したことによって必然的に起きたと捉えるべきであろう。

 ところで、これまで政府によって進められてきた「構造改革」のなかに規制緩和という分野がある。既得権の撤廃によって健全な競争が促進され利用者と事業者双方にメリットが生まれるという触れ込みで取り組まれたものだ。

 結果、確かに酒類にしても一部医薬品にしても販売の間口が広がった。コンビニでどちらも買える手軽さは消費者にしてみれば朗報と言えなくもない。だがその反面で起きたのは酒屋や薬局の相次ぐ廃業とコンビニ業態、すなわち大手流通資本への所得移転であった。

 タクシー業態における新規参入自由化なども、進められた規制緩和のひとつだが、マイナス面が小さくない。結果的に供給面でのオーバーフローを生み、ドライバーの待遇悪化と業界の疲弊を招いていることは周知の事実である。

 結局のところ、これまで政府与党によって進められてきた「構造改革」の本質とは地方から都市への所得移転、零細中小企業から大企業への所得移転、一般庶民から富裕者への所得移転に過ぎなかったのではないか──。

 一次産業分野については紙幅の関係で本稿で詳しくふれることはできなかったが、近年においては相次ぐ食品偽装、産地偽装をめぐって農水省の監督責任が厳しく問われているのは周知の通りだ。
          ◆
 来たる第45回衆議院議員総選挙。毎回の選挙同様、今回も景気対策や国民生活を立て直すとするマニフェストなどが声高に叫ばれている。
 希望を持たせて国民の気を引くのもいい。だが国と我々の行方を左右する「選択」に際して、我々有権者が、まず目を凝らすべきは何よりも過去と現在の「実相」であろう──。
 


 拙稿で触れることができなかった一次産業分野に関して、まず押さえておくべき点は、先の大戦での敗戦以来、我が国はアメリカの「攻撃的な保護政策」の実験場であり、マーケットであり続けてきたということである。

 我々は敗戦以来、パン食を誘導されて米国産小麦を買わせられ、肉食や生産効率をそそのかされて、米国産トウモロコシを使わせられてきた。単純に言えば、その帰結が、現在の荒れ果てた農地であり農家の破綻である。戦後、食生活の改善や経済効率を理由に食料自給率は80%から40%台に落ちた。そして今般の世界的な穀物市場の高騰によって、その「経済効率」そのものが意味をなさなくなってきているのが現在の状況だ。

 ブッシュ・小泉の時代で起きたことのひとつに、トウモロコシのケースがある。バイオエタノールの原料として売り先がアメリカ国内で確保され、大きな需要が生まれたことで価格が高騰。米国のトウモロコシ農家はウハウハになったが、困り果てたのが飼料に使っている日本も含めた世界中の畜産・酪農農家であり、トウモロコシを主食にしていた南米などの諸国だ。

 我が国においてもエサ代が高く牛乳も牛肉も生産が採算割れになっている現状は、破綻スキーム以外の何物でもない。一次産業の生産資材が石油由来製品であることも燃油高とともに生産者に大きな打撃を与えており、我が国の農林漁業は、かつてないほどのコスト高、否廃業の危機に立たされている。

 アメリカの圧力に屈して不要なコメを海外から「ミニマムアクセス」と称して買わせられ、何年も莫大な費用をかけて保管し続けていることも国益を損ねている一例であろう。今回、世間を騒がせた三笠フーズの事故米事件も元をたどれば、こういった「厄介者」の処分問題が背景にある。

 以前にも触れたが、世界中の人々の生命活動を支える基礎インフラである石油や食糧を無制限に投機の対象とすること自体が犯罪行為だと私は思っている。アメリカのサブプライムから発した金融バブルは確実にその犯罪を助長させた。種子や穀物の世界流通を事実上握っている米国の穀物メジャーが空前の利益を出す一方で、国連などの開発途上国への食糧支援が資金難から中止に追い込まれるといった事態が生まれているのも周知の通りだ。ここでもグローバルな意味での所得移転が、しっかりと行なわれているわけである。

 実際のところ、我々は食糧の生産と流通、そして消費のありかたそのものを根底から考え直さねばならないところまで追い込まれている。この分野においても、戦後以来、近年に強まった流れを俯瞰するなら、「アメリカへの盲目的追随は結果として亡国への道行きだった」という感が強い。

 世界中から食糧や穀物を潤沢に安く仕入れることができた時代は終わった。どころかカネがあっても買えない時代が訪れつつある。世界的な食糧難は目前に迫っている。「戦略的」な意味においても自国の一次産業をいかに維持再生可能なスキームに持っていくか、いままさにそこが問われている──。  (終わり)

「亡国か再生か」──分水嶺に立つ日本(最終回)
札幌で政権交代を訴える民主党の小沢代表(9月11日)





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Posted by 北方ジャーナル at 11:03│Comments(0)編集長日記
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