2008年06月12日
さらば私の青春(1)
先日、ススキノの某ヘルスに遊びに行ったら、女の子が突然私を指差して言った。
「以前、よく“ニーヨン”来てませんでした? 私も前までニーヨンで働いてたんです~」
世間とは狭いものだ。私はてっきり初対面の嬢だと思ってたが、どうやらそうではないらしい。どこで誰が見ているか分かったものじゃない。嬢が言う通り、自称“性風俗文化研究者”である筆者は以前、風俗店のメッカ・ススキノには目もくれず、北24条界隈のピンサロを主なフィールドワークの対象としていた。が、2年ほど前に立て続けに“地雷”(容姿ではありません)を踏み過ぎて、すっかり足が遠のいていた。
「摘発でお店が閉店して、他のお店で働こうと思ってもニーヨンにはもう働き口がなくなっちゃって…。それで今はススキノで働いてるんです~。でもこっちの方が肉体的には楽ですね」
筆者が24条に通わなくなる直前にも多くの店が摘発され、お気に入りの嬢がいなくなったり、店の内装が変わったりしていた。今思えば、それはピンサロ街消滅への過渡期だったのかもしれない。
「以前、よく“ニーヨン”来てませんでした? 私も前までニーヨンで働いてたんです~」
世間とは狭いものだ。私はてっきり初対面の嬢だと思ってたが、どうやらそうではないらしい。どこで誰が見ているか分かったものじゃない。嬢が言う通り、自称“性風俗文化研究者”である筆者は以前、風俗店のメッカ・ススキノには目もくれず、北24条界隈のピンサロを主なフィールドワークの対象としていた。が、2年ほど前に立て続けに“地雷”(容姿ではありません)を踏み過ぎて、すっかり足が遠のいていた。
「摘発でお店が閉店して、他のお店で働こうと思ってもニーヨンにはもう働き口がなくなっちゃって…。それで今はススキノで働いてるんです~。でもこっちの方が肉体的には楽ですね」
筆者が24条に通わなくなる直前にも多くの店が摘発され、お気に入りの嬢がいなくなったり、店の内装が変わったりしていた。今思えば、それはピンサロ街消滅への過渡期だったのかもしれない。
本当に北24条にピンサロは消滅してしまったのか。とりあえずネットで調べてみると、たしかに嬢の言う通り今の24条にはほとんどピンサロはない。昨年末に相当数が摘発され、ほぼ壊滅状態となっている。ネット上ではサミットを控えて道警が動いたと憶測されているが、北24条だけではなく、白石、琴似、江別でも多くのピンサロが摘発され、札幌市郊外のピンサロ街は完全に消滅したと言っていい状況にあるようだ。
そもそもピンクサロンとは、女性従業員がドリンクを提供する“飲食店”。それに「おさわり」というオプションが付加し、口でサービスへと発展した業態だ。そのため、多くの店舗は「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の風俗営業1号営業」、もしくは「深夜における酒類提供飲食店営業」の届け出で営業している。他の性風俗店と異なり、性風俗関連特殊営業に位置づけられていない。それがピンサロにシャワーがない理由であり、大っぴらに“抜きアリ”と広告宣伝ができず、摘発と背中合わせである所以だ。
件のヘルス嬢が言う通り、筆者は一時期そんな微妙な立場にあるピンサロに通い続けた。何がそれほどまでに自分を惹き付けたポイントだったのかを振り返ると、それは等身大の姿で働くピンサロ嬢の姿だったのではないかと思う。ススキノの風俗店は、色々な意味で客に夢を売る。きらびやかで私には若干眩しすぎるのだ(だからといって行かないわけではないけれど)。その点、ともすれば場末的な扱いを受ける郊外のピンサロは“暗い”。まず、店はあまり広告ができないので店に行く前から闇に包まれた存在であるし、店の受付で初めて値段を知り、嬢を指名しようにも写真のほとんどが顔をワケアリのため隠しているので実際に会うまではよく分からない。店内に入ったら入ったで照明がほとんどなくて薄暗く、嬢の顔がよく見えないこともしばしばだ(見ない方が精神を集中できることもある)。おまけに嬢には、やむにやまれず働かなくてはならない辛い事情があって会話が暗い人生相談になってしまったり、満足して家に帰ってきても翌朝のトイレで膿を放出して泌尿器科で暗い気持ちになったりすることもある。
こんなふうにその暗部ばかりを連ねると、ピンサロには誰も行きたくなくなるだろうが、この深い暗部こそが筆者には大きな魅力に映ったのである。“牛”、“地雷”と揶揄されるハズレ嬢に高確率で対面するスリル、そしてお気に入り嬢を発見したときの大きな砂山の中で一粒の砂金を見つけたかのような達成感…。また、指名なしの基本料3500円でしか入店してこない貧乏常連客であった私は、ピンサロ嬢が語る生活苦にも多いに共感できたし、そういう嬢に次回から指名し続けることの甲斐も感じることができた。お小遣い稼ぎのバイト感覚でヘルスに働く嬢を指名するのとは指名料の重さが違うのである(たったの1500円だが…)。1年ほど通い続けた嬢(2人の子持ち)がいたのだが、ある日その嬢が「そろそろ生活が落ち着くかも」と言ったときには嬉しかったものである。次に店に行ったら本当に辞めていて、お気に入りを失った上に仕方なくフリーで入ったら地雷を踏み、まさに泣きっ面に蜂だったのだが、そんなことよりも嬢の“卒業”を一人喜んだものだ。
ピンサロ嬢が放つリアリティ、演技や嘘では到底繕うことのできないリアリティに筆者は魅せられていたのだな、と当時を振り返ってみると急に今のニーヨンの姿が気になってきた。そういえば、ピンサロは実際に何度か足を運んでみないとどうなっているのかまったく分からないのが鉄則だったな。そんなことを思い出しながら、ぶらりと北24条に行ってきた。(つづく……かもしれない)
(ぺ)
そもそもピンクサロンとは、女性従業員がドリンクを提供する“飲食店”。それに「おさわり」というオプションが付加し、口でサービスへと発展した業態だ。そのため、多くの店舗は「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律の風俗営業1号営業」、もしくは「深夜における酒類提供飲食店営業」の届け出で営業している。他の性風俗店と異なり、性風俗関連特殊営業に位置づけられていない。それがピンサロにシャワーがない理由であり、大っぴらに“抜きアリ”と広告宣伝ができず、摘発と背中合わせである所以だ。
件のヘルス嬢が言う通り、筆者は一時期そんな微妙な立場にあるピンサロに通い続けた。何がそれほどまでに自分を惹き付けたポイントだったのかを振り返ると、それは等身大の姿で働くピンサロ嬢の姿だったのではないかと思う。ススキノの風俗店は、色々な意味で客に夢を売る。きらびやかで私には若干眩しすぎるのだ(だからといって行かないわけではないけれど)。その点、ともすれば場末的な扱いを受ける郊外のピンサロは“暗い”。まず、店はあまり広告ができないので店に行く前から闇に包まれた存在であるし、店の受付で初めて値段を知り、嬢を指名しようにも写真のほとんどが顔をワケアリのため隠しているので実際に会うまではよく分からない。店内に入ったら入ったで照明がほとんどなくて薄暗く、嬢の顔がよく見えないこともしばしばだ(見ない方が精神を集中できることもある)。おまけに嬢には、やむにやまれず働かなくてはならない辛い事情があって会話が暗い人生相談になってしまったり、満足して家に帰ってきても翌朝のトイレで膿を放出して泌尿器科で暗い気持ちになったりすることもある。
こんなふうにその暗部ばかりを連ねると、ピンサロには誰も行きたくなくなるだろうが、この深い暗部こそが筆者には大きな魅力に映ったのである。“牛”、“地雷”と揶揄されるハズレ嬢に高確率で対面するスリル、そしてお気に入り嬢を発見したときの大きな砂山の中で一粒の砂金を見つけたかのような達成感…。また、指名なしの基本料3500円でしか入店してこない貧乏常連客であった私は、ピンサロ嬢が語る生活苦にも多いに共感できたし、そういう嬢に次回から指名し続けることの甲斐も感じることができた。お小遣い稼ぎのバイト感覚でヘルスに働く嬢を指名するのとは指名料の重さが違うのである(たったの1500円だが…)。1年ほど通い続けた嬢(2人の子持ち)がいたのだが、ある日その嬢が「そろそろ生活が落ち着くかも」と言ったときには嬉しかったものである。次に店に行ったら本当に辞めていて、お気に入りを失った上に仕方なくフリーで入ったら地雷を踏み、まさに泣きっ面に蜂だったのだが、そんなことよりも嬢の“卒業”を一人喜んだものだ。
ピンサロ嬢が放つリアリティ、演技や嘘では到底繕うことのできないリアリティに筆者は魅せられていたのだな、と当時を振り返ってみると急に今のニーヨンの姿が気になってきた。そういえば、ピンサロは実際に何度か足を運んでみないとどうなっているのかまったく分からないのが鉄則だったな。そんなことを思い出しながら、ぶらりと北24条に行ってきた。(つづく……かもしれない)
(ぺ)
Posted by 北方ジャーナル at 20:10│Comments(0)
│ススキノ
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