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2009年08月16日

『交通量絶望調査』

『交通量絶望調査』
交通量調査の結果は、道開発局の報告に活かされる――らしい
(8月某日午後、道内某所)


 お盆期間中の某日、道内某所で交通量調査のアルバイトに参加した。

 10年ほど前に加入した生命保険の担当者氏が保険屋を廃業、人材派遣会社に転職したとかで、やってみないかと声をかけられたのだ。電話があったのは午後9時40分。アルバイトの集合時刻は翌日午前2時50分、つまりお誘いの5時間後。すでに罐ビール1本とブラックニッカクリアブレンドのソーダ割りを6杯ほど摂取していた私は、自分が引き受けるのは不可能と判断、知った学生やら元ホームレスやらに電話をかけまくる俄か斡旋業者になりきったものの、いかにも急すぎる勧誘とて誰も誘いに乗って来ない。そのまま断ってもよかったのだが、派遣業者氏に折り返しの電話で「誰も見つかりません」と報告した直後、なぜか「私がやります」と言っていた。「ほんとにやってくれるの?」「面白そうなので」。

 日給は7,000円。いわゆる“とっ払い”ではなく、当月末締めの翌月15日払いだという。実働時間は延べ7時間だが、午前7時から午後7時までの12時間拘束、否、集合から解散までの実質的な拘束時間は18時間に及ぶ。交通費は発生せず、ともに現場に入るアルバイト仲間数人が車を出し、それに分乗しての現場入り。車中、「うちは最近調子よくてね、交通量調査のほかに産廃の仕分けとか野菜の選定とかのレギュラーも増えてんの」と自慢げな担当氏に「バイト料の源泉徴収税はどうなってるんですか」と問えば、「そのへんは気にしないで。うまくやるから」との曖昧な回答。人件費として計上できない理由でもあるのだろうか。

 交通量調査が増えている理由を私に問われ、「交通量がこれだけあるってのを報告して、道路がもっと必要ですって言いたいんじゃないの」と担当氏。大元の発註者は、予想通り「開発局に決まってんじゃん」。「それで、帰省とかで車の多いお盆にやるんですか」「そうでしょ。昨日も2箇所でやって大変だったわ」と、石狩及び後志管内の町村の名を挙げた。

 夜も明けきらぬ現場に集まったのは、20歳代から50歳代までの総勢10人。フリーターの呼称が似合う若者だけでなく、「上の子供は18になった」というおじさんまで。仕事の条件がよくないことは承知の上で「何でもやんないと喰ってけないからさ」――。文筆業にかかわる前、20歳代半ばの1年半余りを人材派遣業者で過ごしたことがある私から見て、彼らは10余年前当時の派遣労働者よりも総じて優秀で、まじめで、漏れなく優しかった。「こないだの産廃の仕分けはキツかったなあ。ゴム手袋すぐぼろぼろになりますからね」「声かかったらどんな現場でも入るの?」「なるべく受けるようにしてるんですけど、就職の面接ある時は無理なんで、『申し訳ないんですけど』って」――。陽に灼けた顔で笑う妻子持ちの青年は、なぜ就職できないのか。いや、なぜ企業は彼らを採用しないのか。

 業者は、「調査の精度が高くて、クライアントさんが『全部任せてもいいかな』って言ってくれてるんですよ」と自慢げだ。そんな優秀な調査の担い手たちが、なぜ18時間7,000円に甘んじなくてはならないのか。「これで1万2,000円ぐらいだったら、まあまあ納得できますよね」と言ったのは、アルバイトの青年ではない。彼らを雇う派遣会社のスタッフだ。「でもぎりぎりなんですよ、これで」と溜め息を吐く彼に「私も派遣にいたからだいたい事情はわかります」と水を向けると、「そうですよね、そんなに抜くほど貰ってないから」と頭を掻く。受註時の単価(1人あたりの人件費)がどのぐらいになるのか、彼はついに言わなかった。足元の看板に綴られる「交通量調査中です」の文言の下に、小さく「北海道開発局」の文字。かのお役所は、いったいいくらの予算でこの調査を実施して、否、コンサルティング業者に丸投げしているのか。業者は、いくらのマージンを抜いて調査会社に発註し、調査会社はいくらの利益を確保して大手派遣会社に発註し、その派遣会社はいくらの売り上げを得て末端の零細派遣会社に発註しているのか。一アルバイトには知る由もなく、無心にカウンターをクリックし続けるばかり。「今のは『乗用車』ですか」「いや、4ナンバーで『小型貨物』だわ」「パトカー来ましたけど」「あれは『乗用車』」「あの」、牛をたくさん乗っけてるでかいトラックは」――。

 車窓に流れる田舎の夜道を眺めていた派遣業者氏が、誰に言うともなく「みんなほんとにいい子たちばっかりだよねー」と呟く。帰りの車には、彼と、私と、40歳代後半の派遣スタッフ。窓外を見たまま「あの子たちを就職させるのが、夢っちゃ夢だなあ」と続ける業者氏の独白は、たぶん心からの言葉だったろう。「あんなに素直で、よく気がついて、どんな作業も嫌がらない子たちがさあ、うちであんな安いギャラで喰い繋いでてさあ、おんなじ世代の、たまたまでっかい会社とか役所とかに就職できた連中がさあ、たいして苦労しないで高い給料やらボーナスやら貰ってるのってさあ…」。

 9月15日に振り込まれる7,000円を、私は一眼レフカメラの修理費の一部に充てようと考えている。あと2回ぐらい現場に入ることができたら、その全額を賄えるかもしれない。修理を終えたカメラをぶら提げて訪ねる先は、開発局にすべきか、あるいはコンサルティング業者か、調査会社か、大手派遣会社か。
 いや、まずは“彼ら”と記念撮影かな。
(ん)




Posted by 北方ジャーナル at 20:42│Comments(1)
この記事へのコメント
地方のアルバイト調査員は質が低いというのがこの業界の常識。
データの質を考えれば7000円でも高いくらい。
何でも屋集めてるんなら当たり前ですよね・・・
Posted by - at 2009年09月07日 15:39
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