さぽろぐ

  新聞・ニュース  |  札幌市北区

新規登録ログインヘルプ


月刊誌「北方ジャーナル」公式ブログ › メシ喰って将来を案ずる

2008年10月20日

メシ喰って将来を案ずる



 秋は何かとイベントが多い。娘のピアノ発表会や小学校の学習発表会ともなると、わざわざ祖父母も駆けつけてくれたりして、必然的に外食する機会も増えるのだが、先日は好物のカツ丼を喰って会計となった際に、ちょっと考えさせられた。

「いやあ、今日はわざわざ来てくれて悪かったね」
「なんもなんも。そういえばアンタ、今日は私が御馳走するから伝票を寄越しなさい」
「何を言ってんの。来てもらって奢ってもらうわけにはいかんでしょ。だいたい、ウチは共働きなんだからさ、そんなこと考える必要はないよ」

 そんなやり取りをしながらも、実母がどうしても払うというので最終的には奢ってもらう形となった。財布が傷まずに満腹となったわけだが、帰宅した後に何となく心が晴れない。年金受給者に御馳走になったというのが、その原因だろう。

 朧げな記憶ながら筆者が子どもの時分、両親は苦しい家計のなかから、今は亡き祖父母に若干の仕送りをしていたように記憶する。実家に帰省する際には下着やら何やら身の回り品を買い込んで、ささやかながら年老いた親の生活を援助していた。すでに年金制度はあったと思うのだが、生活を支えるには不十分な金額だったのだろう。

 古い小説を読んでいても、「就職=親への仕送り」という構図は、実は割と近々まで残存していた。というか、今もある。

 現役世代が、自分たちを育ててくれた高齢世代を支えるという年金制度は、素晴らしいものだと思う。親の生活まで考えなくていい、子どもに面倒を見てもらわなくていい、という「安心感」は、当たり前になっていて日頃は意識していないものの、実に大きなものだ。

 これが危機に瀕しているという現実をもっと直視しなければならないと、カツ丼の満腹感のなかで思った。娘だって大きくなれば自分たちの生活がある。その足手まといに、娘はそう思わないかもしれないが、なりたくない。年金で生活できないと仮定すると、今のライフスタイルを抜本的に見直さなくてはいけない。

 年金制度をどう守るか。守るために制度上のどんな無駄を省き、あるいは制度自体をどう変えるのか。次期衆院選では、この問題について「考える材料」を与えてくれて、納得できる道筋を示してくれる政党を見極めたいと思う。

 たまに親にカツ丼を奢ってもらえる社会を、守りたいものである。(ひ)


Posted by 北方ジャーナル at 10:00│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

QRコード
QRCODE
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 32人
プロフィール
北方ジャーナル
北方ジャーナル
 昭和47年(1972年)創刊。生活者の視点と取材を重視する編集方針を創刊以来のポリシーとし、05年11月からは有限会社Re Studio(リ・スタジオ)が発行。道内有名書店などで毎月15日前後に発売。購読の申し込みや問い合わせ、情報提供などはサイドバーにある「編集部へメッセージ」からどうぞ。
オーナーへメッセージ
削除
メシ喰って将来を案ずる
    コメント(0)