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月刊誌「北方ジャーナル」公式ブログ › エッセイ・コラム・小説・取材こぼれ話

2010年05月21日

撮影禁止? なんでなんで?



 勝手に写真を撮ってはいかんと言っているお役所は司法府の裁判所ぐらいかと思っていたら、そうではなかった。一般行政の役所も、知らないうちに撮影禁止になっていたのである。この商売を始めてもう10年ぐらいになるが、今まで知らなかったとは不覚。しかし、なんで撮っちゃいかんのか。  続きを読む

2010年04月03日

銅像はケツが命



 引き締まった筋肉質のケツ。そっちの趣味はないのだが、なかなかセクシーですねぇ。はい、これは誰のケツか分かるかな?  続きを読む


2010年03月24日

わかさいもの至福



 立寄先16カ所、走行距離340km。晴天に恵まれて心地良いドライヴだったとはいえ、さすがに帰宅すると疲れがドドッと出ました。ただいま家族3人で、お土産の「わかさいも」をいただいたところですが、幼少期から慣れ親しんだ北海道銘菓は本当にまあ、渋〜い煎茶と合いますな。  続きを読む


2010年03月13日

銭湯考、しようかな



 ヘイ、ユー! 不惑も近いというのに、築25年を超えた中古マンションの狭苦しい風呂場で湯船に身を屈めているようじゃ、ジャパニーズドリームも屁ったくれもあったもんじゃねぇな。歳不相応に体育座りした腹回りにゃ、惨めにハミ出た脂肪の塊。そいつをツマミながら世を儚んでるようじゃ、人生お仕舞いだァね。あ、これって俺自身のことか。  続きを読む


2010年01月06日

珠玉の言葉への侏儒の思い



 本当にそう思ってる? なら、いいけど。(ひ)  


2009年12月30日

地獄の886kmドライブ



 去る28日は形式上の仕事納め。年末年始は記者各々が必要に応じて出社したり、自宅で仕事をすることになる。私の年内はというと、29日は所用(私用)で旭川に赴き、本日(30日)もしくは明日の大晦日に写真撮影(業務)のため函館に向かう予定だった。

 函館での撮影対象はベイエリアや元町などライトアップされた建物。屋外のため雪に降られては困るのだが、天気予報によると晴れるのは29日のみで、30日から年明けにかけて大荒れだという。29日の旭川行きも変更できないため、出した結論はただひとつ、「全てを29日に済ませる」ことだった。
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2009年12月18日

札幌、午前6時



 とある理由から、札幌市中央区の某市場にいた。時刻は午前6時。起きたのは4時半。
 
 札幌管区気象台による、この日午前6時の気温はマイナス7度。一応厚着をして、毛糸の帽子と手袋を着用していたが、ズボンの下から入り込む寒気が、腰回りをどんどん冷やしていくのがわかる。やはりモモヒキと言うのかタイツと呼ぶのか、若ぶらずにそういうものを履いた方が良かったか。どうにもたまらなくなり、歩いて2ブロックほどの某マクドナルドに入った。
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2009年11月30日

知事公館「女官ボタン」の謎



 先週、新年号の新春インタビューにご登場いただく高橋はるみ知事の写真撮影があって、知事公館を訪れる機会があった。
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2009年11月11日

紋別発! 青い目の跡取りが活躍中



 北方ジャーナル12月号で恒例となっているオホーツク特集。長年、協賛広告を出稿して下さっている企業のひとつに、紋別市内の中古農機販売会社「ナカザワ・アグリマシーン株式会社」があって、オホーツク行脚の際には中沢義隆社長のユーモラスな話に耳を傾けながらコーヒーをご馳走になるのを楽しみにしている。

 昨年は事情があって立ち寄れなかったので、今年は2年ぶりの訪問となったのだが、今年は少々社内の雰囲気が違った。愛嬌を振りまく柴犬・義経号のせいもあるが、中沢社長の娘婿で同社の後継者として勉強中という山田ダニエル俊作さんの存在が大きいようである。
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2009年11月10日

北見の「タケダ楽器」、健在なり!



 11月14日発売の北方ジャーナル12月号では、恒例のオホーツク特集を質量ともに例年以上のボリュームで掲載する。温暖化の影響で流氷の接岸量は減少しているとはいえ、オフシーズンの冬もオホーツクは魅力満載だ。

 筆者が偏愛している網走市の景勝地・天都山にある「博物館 網走監獄」では、行刑資料館が「監獄歴史館」と名称を変え、来る2月1日にリニューアルオープンする。その概要もカラーグラビアでチラリと触れているのだが、いやもう凄い変貌&充実ぶりなのであって、ここを見ずして2010年の春は迎えられないのではないか、と思う次第なのである。  続きを読む


2009年10月04日

2009年07月24日

第4回『仲間』



エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
※この記事は北方ジャーナル2007年8月号に掲載されたものです。
前回記事はコチラ。夏井氏のインタビュー記事はコチラ

◆夜遊びのきっかけ◆

 先日、旭川在住の友人とススキノで飲んだ。

 大手新聞社で記者として働くT氏とは、十年ほど前に福祉関連の集会で知り合った。同年代でオンナ好きという共通点があったせいか、親しくなるのにさほど時間は要さなかった。

 ちょうどそのころ私が生活の場をススキノへと移し、彼の勤め先から徒歩で私の自宅に来られるようになると、毎日のように我が家を訪れるようになった。もともと夜遊び好きの彼にとっては、ススキノでの休憩所として我が家がうってつけだったのだろう。足しげく現われ、情報誌などを物色しては出掛けていくようになった。そうなると私も黙っていられない、そのころはススキノをほとんど知らなかったとはいえ、私も根っから遊び好きである。どちらからともなく「どこかいくべ~」となり、やがてふたりでさまざまな店を廻るようになった。

 彼とは多くのニュークラやキャバクラ、風俗店などを回った。私がいろいろな店で入店拒否や不快な対応を受けながらも躊躇することなくススキノで遊んでこられたのは、ふたりでそれらを笑いのネタにしてこられたからだ。もしこの時彼との関わりがなかったら、間違いなく私は繁華街ススキノをほとんど満喫することはなかっただろう。ススキノで遊び、そこで得たさまざまな体験を本誌のような媒体で表現できるようになったのも、全ては彼のサポートがあったからである。

 このように書くと、まるで彼が「善人」のように思えるかもしれないが、決してそうではない。

 これは以前彼が話していたことだが、私と一緒にススキノに出ると、それまで彼が当たり前に遊んでいたススキノの違う面が見えてくるらしい。例えばホステスや店員の接し方一つにしても、彼一人の時と私が一緒の時とはまるで違うし、普段歩いているとしつこく言い寄ってくる客引きなども、車イスに乗った私がそばにいるだけで一切寄ってこなくなる。私の経験からも言えることだが、その場に車イスの人間がいるのといないのとでは、ひとの対応の仕方がガラッと変わる。彼にとってはその違いが面白いらしい。もしこれが「夏井のために」と思いながら関わっていたとしたら到底こうはならなかったろう。彼自身そのことを楽しみ、それをネタにまた酒を飲む。彼にとっては、ほかでは味わえないススキノでの楽しみなのだろう。

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2009年07月09日

第3回『車イスから見上げたススキノ』



エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
※この記事は北方ジャーナル2007年7月号に掲載されたものです。
前回記事はコチラ。夏井氏のインタビュー記事はコチラ


◆車イスの恩恵◆

 今さらいうまでもないが、私は根っからの「オンナ好き」である。

 好みのタイプがあるわけでもないし、どの年代の女性にも魅力は感じるが、それでもやはり下半身を刺激するような色気のある女性が特に好きで、いつもその刺激を求めている。

 食生活の変化や健康器具が充実したおかげだろうか、最近の女性はスタイルが良くなり、ススキノなどとは関係のない、いわゆる素人でも十分「刺激的」な女性が増えた。おかげで普段街中を歩いているだけでも刺激を楽しめるようになった。とくに日一日と暖かくなり、女性の露出度があがってくるこの季節にはささやかな恩恵を受けることができる。

 小学生くらいの子供の頃を思い出してもらえれば想像がつくだろうが、私が車イスに座ったときの目の高さはちょうど女性の腰のあたりである。当然歩いている女性を見ると自然と視界の中心に入ってくるのはヒップラインや脚線なのだから、いやでもそこに目がいってしまう。べつにそこを見ようとしているわけではない、車イスで普通に歩いているだけなのだ。だから私には何の罪もない。もちろん女性の尻ばかりを見ているわけではないが、健常の男性が女性の尻をじっと見ながら歩いていたら変質者扱いされ、ときには警察に突き出されることさえありそうなところを、車イスのおかげで堂々と女性を眺めていられるのは有り難いことである。

 だからといって怒らないでほしい。車イスでの生活というのは日々多くの不自由と困難を抱えているのだ。僅かばかりの「恩恵」があってもいいではないか。
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2009年07月02日

第2回『性欲』



エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
※この記事は北方ジャーナル2007年6月号に掲載されたものです。
前回記事はコチラ。夏井氏のインタビュー記事はコチラ


◆障害者の「性」◆

 先日「障害者の性」について取材を受けた。
 どこかの大学の教授が、障害者や高齢者などさまざまな制約を受けて生活している人たちの「性」について調査を行なっているらしく、その一例として私に声がかかったようなのだ。

 障害者に限らず、とかく「性」にまつわる話題はあまり大きな声で語られることがない。今このコラムを読んでいる読者の中にも、この何行かを読んだだけで眉をひそめる人がいるだろう。世間一般がこういう状態だから、日頃あまり目にすることがない障害者の性の問題など、タブー中のタブーなのだ。大学の教授が調査研究の対象に選んだことからしても、それがいかに陽の当たらない話題であったかが分かる。

 以前、著名な障害者の女性が「障害者の性について語れる人がいない」と嘆いていたが、少し前まで「同情の対象」としてしか世の中に知られておらず、人里離れた山奥の施設や親元などで隠れるように生きてきた重度の障害者には『性欲』を主張することなど許されなかったことだろう。
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2009年06月22日

第1回『私が繁華街に住んだワケ』



エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
※この記事は北方ジャーナル2007年5月号に掲載されたものです。

『障害者』として受ける制約

 私は障害者である。日常の多くを車イスの上で過ごし、何をするにも人の手を借りなければならないような、いわゆる「重度」の障害者である。

「重度の障害がある」といってもそれはそれ、世間の多くの人々と同じように生活し、仕事を持ち、時にはススキノなどに出て遊ぶ。違いがあるのはそれらを車イス上で行ない、そこにヘルパーなどの「介助」が必要というだけで、その点をのぞけば何ら変わりのない、ただのスケベな中年男である。

 そうはいっても実際「障害を持つ」というのは不便なもので、例えば車イスを使っているというだけで階段はもとよりちょっとした段差でさえ大きな障壁となる。周囲に誰もいない時にこの障壁にぶつかると、どんなに頑張ってもそこから先へいくことが出来なくなるわけだから困ったものだ。

 高齢化社会のせいか、バリアフリーやユニバーサルデザインなどの「誰もが使いやすいモノ、まちづくり」に対する意識が少しずつ広がってきてはいるが、個人の生活においては未だ十分な状況には程遠い。そのため私や多くの障害者は、福祉制度や地域資源を活用しつつ、それぞれが個々に様々な工夫をしながらやっとの思いで生活している。私がかつて、それまで「遊ぶ場所」でしかなかったススキノを生活の場とし、これから書く多くのエピソードを経験することとなった理由もそこにあるといえる。  続きを読む


2009年06月03日

「私まだ一度も客引きに捕まったことないんですよ」


エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
(前回の記事はコチラ)

■客引きからも客扱いされない身の寂しさ


  ――すすきの観光協会とは、縁があったりしませんか。
「一度、お寺のイベントに参加させて貰ったような気がしますね。ほら、南六条のとこにお寺あるじゃないですか」
  ――すすきの祭りじゃなくて?
「それとは違うな。『あずましい会』の主催かなんかで。当時、たまたま札幌で障害者の世界大会があったんですよ」
  ――DPI(第6回障害者インターナショナル世界会議札幌大会)ね。二〇〇二年の夏だ。
「その動きの中で、何度か中島公園の清掃とか、小規模作業所の出店とか。そのぐらいですね」
  ――じゃあ、観光協会についてはあんまり詳しくない。
「知らないんですよ」

  ――ま、地元の街づくりに取り組んでるというのかな、そういう、昔からある事業者の団体なんですけど、夏井さん的にはどうですか。歓楽街としてのススキノは、客としての障害者を積極的に受け入れてると言える?
「結論から言うと、まだ不充分だと思う。まさにわれわれも『客』なんだっていうこと。そのことに、まだ気づいてもらってないような気がする。億万長者だろうと年金生活者だろうと、健常者だろうと障害者だろうと、客であることに変わりはないと思うんですよ。だから『車イスを受け入れてくれ』っていうのではなくて、ごくシンプルに『ここにビジネスがあるじゃないか』と。一万円のヘルスに行った車イスがその店に友達十人誘ったら、そこで十万円の売り上げが発生するんですよ」
  ――ですよね。払う金は同じだもの。
「こういうことって口コミで拡がっていきますから。全体がどのぐらいの数になるのかはわからないけど、キャパとして無視できないんじゃないかと思いますよ。北海道って観光地じゃないですか。その観光オプションの中に時計台があったりジンギスカンがあったりするわけでしょう。当然ススキノも重要なオプションのひとつですよね」

  ――非常に大きなオプションですよ。
「その大きなオプションが、まだ車イスに充分対応できてない。別件で調べたことあるんですけど、『二〇〇七年問題』ってありましたよね。パック旅行よりも個人旅行が増えてきて、定年後の皆さんが個人で遊びに出歩くようになると。彼らが高齢になっていくと、当然杖を突いたり車イスに乗ったりすることが多くなる。風俗とはいかないまでも、元気なジイさんだったらニュークラぐらい行くだろう。スナックだって行くだろう。そこに、ビジネスチャンスがあるじゃないかって」
  ――そう、ありますよね。それこそ口コミで拡がったら、もっともっと呼べる。一般客の声は、いい評判も悪い評判もあっという間に拡がるから。
「たとえば、近所に美味しいレストランができたと。友達に『ここ、いい店だから』って教えますよね。私がススキノに来て一番ショックだったのは、それができないことだった」
  ――行きつけの所ができてからは、誘えたんじゃないの。
「できてから、ですよね。最初のころは、それこそ入店拒否の連続ですから。紹介どころか、自分が入店できない。DPIの時なんか、参加者が何人ぐらいススキノで飲んだのかはよくわからないけど、それでも全世界から三千人集まったんですよ。そういう立場の、これからも増えてくるであろうお客さんたちが充分にススキノを楽しめないとしたら、これは北海道にとってすごいマイナスですよ」

  ――やっぱり、意識改革が危急の課題なのかな。
「そうですね。視点の改革というか。象徴的なことを言うと、私まだ一度も客引きに捕まったことないんですよ。十年間遊んでて、一回もない。彼らの視野に入ってないんですね」
  ――客として見られてない。
「遊ぶと思われてないんですよ。『ああいう車イスはめんどくさいからいいや』みたいな。『どうせニュークラなんか来ないだろう』って感じで」
  ――バリバリ行ってるのに。
「ま、別に客引きに声掛けられたいわけじゃないんですけど」
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2009年06月01日

障害者の目に映る夜の街“すすきの”とは?



エッセイ
夏井功(身体障害1種1級)の『夜を駈ける車イス』
本誌・北方ジャーナルでは、シリーズ特集『ススキノは変われるか?』でほぼ毎月、札幌の繁華街ススキノをさまざまな角度から斬ったり斬らなかったりして、“多面体”としてのススキノの魅力を伝えたり伝えなかったりしているところですが、その特集とともに連載しているコラムが身体障害1種1級の夏井功氏が綴る『夜を駈ける車イス』。

陽のあたる場所で「障害者に権利を!」と主張するのではなく、ネオンの歓楽街で「おれたちも遊ばせろ!」と叫ぶ。痛快かつ健全な姿勢で綴られる彼のコラムは刺激に満ちております。当ブログで近頃アップしはじめた本誌連載コラム『懐かしのRock』同様、夏井氏のコラムもただバックナンバーに埋めておくのはもったいない。ということで、これから不定期ではありますが、「ススキノ外伝 夏井功の『夜を駈ける車イス』」も当ブログでアップしていきます。

まずは彼の経歴を紹介する代わりに、1年半前の『北方ジャーナル2008年2月号』に掲載したロングインタビューを3回に分けてアップしていきましょう。
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2009年05月15日

「俺、話せないんで」



 今週始めに〆切が明けてから、ある企業に関する取材を進めている。昨年あたりから経営危機説が流れていた企業だが、本日15日付けで社員やパートを解雇するというのだ。不況下の北海道を象徴するような話であり、また相応の雇用の受け皿であったことから、その影響が懸念されるところだ。

 社員・パートを解雇した上で企業規模を大幅に縮小し、家族経営に近い形を模索しているとの説もあるが、果たしてそんなスキームが可能なのか。取材の中でパートさんからの証言は得られたが、こういう問題を追うには経営陣からも話を聞くのが鉄則。以下は13日の朝、同社の代表番号に電話して、広報の担当者と交わした会話の要旨である。
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2009年04月28日

オホーツクの暴走バス



 先日のオホーツク出張の際に、ハリウッド映画顔負け(?)の暴走バスを見た。

 それは4月21日の昼前のこと。北見市内での取材を終え、中標津に向かうべく国道39号線を軽快に走らせながら、「結局、北野誠は何を言ったんだろうなぁ」などと国家の存亡に関わる難問に立ち向かっていると、旧端野町辺りの片側2車線でバスに追い抜かれた。
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2009年04月13日

北見一番街商店街 日曜



 日曜は北見へ。天気も良かったが、商店街はとても静かだった。多くの店がシャッターを下ろしている。

 ちょうど北見まで買い物に来ていた、周辺町村に住む友人夫妻に会った。この辺の人々は週末、車に乗って北見市郊外にある大型店に集まるそうで、商店街は素通りしてしまうらしい。  続きを読む